Scene. 12 反転




「……おい、お前ら、今日は外に出るな」

リリネットに急き立てられるように外に遊びに連れ出されるところだった あたしは、スタークの制止に足を止める。


「なんでよー、トランプばっかじゃ身体がなまっちゃうよ。スターク、横暴ー!」

当然のように食って掛かるリリネットに、面倒くさそうな顔で応えるスターク。

「俺じゃねぇよ、上からの命令だ。藍染サマが、今日は深雪を外に出すな、とさ」

「え?」

……なんでまた。


「明里ちゃんに怪我でもされたら、スタークの士気が落ちるやろ、て言うとるねん、藍染隊長が」

唐突に会話に参加してくる市丸隊長。いつものように読めない笑みを口許に浮かべて、戸口にもたれて立っている。

「それって、どういう……」

「ただ明里ちゃんはスタークの側におるだけでええねん。……切花みたいに、この部屋を飾っとったらええ。それだけや」

 
切花────そのイメージと今の境遇を重ね合わせて黙り込んだ あたしの表情を見て、にんまりと嗤う隊長。


「……花というより、ハムスターかなんかが一匹増えた感じだがな」

「はむすたー……」

「リリネットと二人がかりでカラカラカラカラ、回し車を回してるみてぇだよ。黙って静かに部屋を飾る切花とは、ほど遠いと思うぜ?」

沈黙を破るようにまぜっかえすスターク。一転して、頭の中に浮かんだイメージは無駄にコミカルなものだった。


「だいたい、切花が こんな口煩いものとは、初めて知ったぞ。初めてモニターに映る深雪を見た時の印象も、ガラガラと崩れていくみてぇだしな」

「悪かったね」

むっつりと返す あたしの顔を見遣って、ふっと笑みを零すスターク。市丸隊長は、そんな あたしたちを見て感心したように声を上げた。

「なんや、スタークて随分、明里ちゃんのこと大事にしとるんやねぇ」

「……別に、そんなんじゃねぇよ。そもそも、それはあんたの役目じゃないのか?」

眉間に皺を寄せたスタークに背を向けつつ、嗤う隊長。

「ボク、そこまで偽善者と違うよ」


そう言って隊長は姿を消した。



   *   *   *   *   



「……なんで、あたしを構うんですか」

「面白いやん」

「あたしは面白くなんかないです」


早朝からの勤務のため、まだ日の高いうちに早上がりした あたしは、書庫から借り出した本を手に流魂街へ向かい、れんげの花畑の真ん中で本の世界に埋没していた。

そこに ひょっこりと現れた隊長は、さかさまに あたしの視界に広がった空を覆い隠す。

「お日さんの下で本なんか読んだら、目ェ悪くなるで?……本も傷むし」

「気をつけて扱ってますよ。……そんなことより、隊長は まだ仕事中の筈でしょう?」


本を閉じて起き上がる あたしの隣に腰を下ろす隊長。

「持病の癪が出てん」

「…………そんな話、初耳ですけど」

隊長は、その場に寝そべると手足を伸ばす。

「おかしな子ぉやね、明里ちゃんは。ボクのこと嫌いな癖に、馬鹿正直にボクの相手してくれはるんやから」

「隊長相手に、妙な態度取れる訳がないでしょう?」

「それをそのまんま口に出すから、面白い言うてんねんけど。……しかも、“ボクのこと嫌い”てとこは否定せぇへんし」


とくん、と大きく跳ねる心臓。それが顔に出ていないことを祈りつつ、本の表紙に視線を落とした。

大きく孤を描く口許とは不釣合いに、心の奥を見透かすような鋭い眼。

「明里ちゃんて、偽善者やねぇ」

「なんなんですか、唐突に」

不意に、くすくすと笑いながらの言葉に、むっつりと応える。



……やっぱり、あたしは このひとが嫌いだ。

まるで動きを早めて騒ぎ出す心臓の音を聴くかのように、頬杖をついた姿勢で あたしの顔を見上げている隊長。


その姿を自分の世界からシャットアウトするように、ぎゅっと目を閉じた────



   *   *   *   *   



…………なんなんだ、偽善者って。


市丸隊長の消えた方角を見遣る。

瞬歩を使ったのか、もう その気配すら残っていない。


「…………大嫌い」

無意識に吐き捨てた掠れ声の小さな呟きを聞きつけて、隣に立つリリネットが、そっと あたしの手を握る。

心配げなリリネットに、無理矢理 笑顔をつくってみせたつもりだったが、上手く笑えていたかはわからない。


「深雪」

名前を呼ばれて顔を上げた あたしに向かって手招きするスターク。

「何?」

近寄って首を傾げると、黙って膝をぽんぽんと叩いてみせる。


…………膝に座れってか。


「まだ、足の痛みは完全に引いてないだろ。今のうちに治しとけ」

「……なんで、膝の上なの」

「お前の足元に長いこと屈んでるのもダルいんだよ」


ただの横着か!


…………ま、今頃 意識するのも馬鹿みたいだけど。

そう思いなおして、スタークの膝の上に横座りして、草履と足袋を脱ぐと、その足首に既に手袋を外してスタンバイしていたスタークの手が触れる。

「……いつでも走れるようにしておけよ」

そっと囁かれた科白は、多分 あたしにしか聞こえていなかっただろう。

あたしの目を見ようとしないスタークに、曖昧に頷いた。


虚圏に連れてこられて以来、あたしの存在は全く問題にされていないのかと思っていた。

実際、逃げようとして虚夜宮を出たところで、途中で他の破面に出くわして殺されるか、砂漠で野垂れ死ぬのがオチだろう。

 
そんなあたしを敢えて縛ろうとする者と、逃げるための力を与えようとする者と。


────偽善者。……これについては、多分 市丸隊長が正しいのかもしれない…………。

スタークも あたしも、お互いの目を見ようとしないまま。

あたしは ただ、足に触れるスタークの手から流れ込んでくる力だけに意識を向けるように、目を閉じる……。



(2010.06.06. up!)



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