Scene. 11 この世界にひとりの




────こんな退屈な日々が ずっと続くのなら、明日なんてこなければいい。


…………そう思っていた。 

仕事が嫌いだった訳ではない。悩むほどの人間関係もない。

親友なんて存在は皆無で、だけど休日には同僚と示し合わせて食事に行ったり買い物に出掛けたりはする。……そもそも、死んでまで密な人間関係など必要ない。
 
現世に生きていた頃の記憶は、あまりない。……ということは、さして重要なことは何もなかったのだろう。

まるで、凪だ。何にも起こらない退屈極まりない日々。それは、苦行にすら等しいと思っていた。


なのに、そんな日々に唐突に現れて、強烈に心を掻き乱すきっかけをつくるのは、いつだって あの銀色の髪のひとの存在だった。……それが、今も昔も腹立たしくて仕方がない。



──……それは、護廷隊に入隊して間もなくのこと。

昼休みの五番隊舎裏。いつものように吉良先輩たちのところに遊びに行って、例によって吉良先輩と口論になった。

とりなしてくれようとする阿散井先輩を振り切って、さっさと立ち上がって仕事に戻っていく吉良先輩。ばつが悪くて、雛森先輩の慰めの言葉も聞き流して、あたしもまた、その場を離れた。



   *   *   *   *   



「キミは、三番隊の子ぉやったっけ?」

五番隊を出て、自分の隊への帰り道を急ぐ あたしを呼び止める声。

先輩と喧嘩したことで、多少なりと気が昂っていたとはいえ、それほど注意力散漫になっていたつもりもないので、おそらく声を掛ける寸前まで気配を消していたのだろう。

「そうですけど」

……悪趣味な。

そう思いながらも、渋々返事をする。一番 最悪のタイミングで、一番 会いたくない相手に出くわしてしまった あたしは、咄嗟に表情を取り繕うこともできずに、むっつりと立ち尽くしていた。
 
「あんまり、イヅル苛めんといてやってや?キミと喧嘩したあと、いつもしょんぼりしとるんよ、あの子」

え…………。


思わず、ぽかん、と口を開けて市丸副隊長の顔を見上げた あたしの表情を見て、満足げに にんまりと笑う。

「キミが明里ちゃんやろ?」

「どうして……」

ロクな面識もない筈の他隊の隊長に顔と名前を覚えられているということに、些か面食らう。だが、ある可能性に気付いて、思わず眉間に皺が寄ってしまうのが自分でわかった。

「……立ち聞きしてらしたんですか?悪趣味なことですね」

吉良先輩との喧嘩の原因は、例によって例の如く、彼の尊敬する副隊長に関する批判。その当の本人に聞かれてしまっていた、という焦りよりも、話を立ち聞きされていたことと、それに対して悪びれもしない態度への嫌悪感の方が強かった。


「嫌やなぁ、人聞きの悪い。せやけど、可愛い部下が落ち込んどる原因を把握するのも上司の役目とちゃう?」

そしてまた、立ち聞きを正当化する科白。この時点で不快感は頂点で、立ち聞きされていた話の内容について取り繕う気もなくなっていた。

むっつりと市丸副隊長を見つめ返す あたし。隊が違うとはいえ、上官へ向けるものとしては あまりに無礼な態度も気にすることなく楽しげに喋る市丸副隊長。


「それにしても、キミ 物怖じせぇへんなぁ」

感心したように言うと、ニヤリと嗤う。次いで、徐に あたしの手首を掴むと、そのまま引き摺るようにして歩き出した。

「ちょ……一体、何を……」

慌てて、その手を振りほどこうとするも、凄い力でびくともしない。

「ええやん。まだ、昼休み終わるまで時間あるやろ?院生時代のイヅルのこととか聞かせてや。な?」


……駄目だ、こりゃ。

まるで子供みたいな強引な やり口に溜め息をついて、黙って後に従うように歩き出した。


ふと、しっかりと握られた手首に視線を落とす。

「……知ってます?手の冷たい人って、心の優しい人が多いんですってね」

「だから、何や?」

唐突な発言に、不思議そうに振り返る市丸副隊長。

「市丸副隊長って、結構 暖かい手をしてるんだなー……と」

「…………物怖じせぇへん、とか、そういう段階超えとるな、キミ」

呆れたように呟いて、きゅ、と あたしの手を握り直す大きな手。触れた瞬間に爬虫類みたいな冷たい感触を覚悟していた あたしは、まるで子供みたいに体温の高い熱い手を不思議な気分で まじまじと見つめていた。



   *   *   *   *   



「……おい、深雪」

不意に、ぐい、と手を引かれる。

手袋の布地越しにも体温が伝わる、熱い大きな手。

「寝るなら、横になれよ。おら、リリネットは こっちに寄越せ」

クッションの上に腰を下ろした あたしの膝にもたれて眠るリリネット。そのまま、ぼんやりと考えごとをしているうちにウトウト居眠りをしていたらしい。


……随分、昔の夢をみたものだ。

ふわぁ、と欠伸をする あたしの膝からリリネットを剥がすスターク。寝そべって、高く組んだ足の上に無造作にリリネットを乗せる。一連の動作は、まるで荷物を扱うかのように無造作なのに、正体なく眠りこけたまま起きやしないリリネット。


……まるっきり、“自分の一部”みたいに扱うんだな。


スタークとリリネット。一見、見た目も性格も、全然 似てやしないのに、ふとした瞬間にみせる柔らかい雰囲気は驚くほど似通っている。

仲間だから、とか、そんな簡単な言葉では説明のつかない、不思議な魂の相似────


「何やってんだ、お前。眠いんじゃないのか?」

ぼうっ、と二人の姿を見つめていた あたしに、スタークが不思議そうに声を掛けてくる。

クッションの上に横たわるスタークの傍らには、当然のように人ひとりが納まる隙間が空けられている。 


また、大きな欠伸をひとつ。

何の疑問も持たず、引き寄せられるように不自然に空けられた隙間に収まって、猫のように丸くなる。自然に あたしの背に添えられるスタークの腕。


リリネットの小さな寝息につられるように、眠りに落ちかけた瞬間、ぼそりと口をひらくスターク。

「……“侵入者”な。あれは、どうやら人間のガキだったらしい」

「へ?」

一瞬、スタークの言うことが理解できず、素っ頓狂な声を返してしまう。

「お前らの言葉で、“旅禍”というんだったか……この間、ウルキオラが連れて帰ってきた井上織姫とかいう小娘を助けにきたらしい」

「そう……」



   *   *   *   *   



例の旅禍騒ぎ。そして、その騒ぎに乗じての隊長格三名の謀反。

三番隊は、ある意味 あの一件の当事者でもあったので、その後しばらく尸魂界に留まっていた旅禍たちと関わる余裕などなかった。

慌しい日々の中で記憶に残っているのは、瀞霊廷内を駆け回るオレンジの髪の子供。彼を取り巻く人々の笑顔……。



「あー……その、何だ。お前の周りの奴らも、今頃、お前を救出するべく準備してるんだろうさ」

黙り込む あたしを見て何を思ったか、妙な慰めらしき言葉を口にするスターク。あたしは、それに対しては苦笑するしかなかった。

「来ないよ。助けになんか、来ない。よりによって尸魂界を裏切った隊長の部下だよ、あたしは。突然、姿を消したことで何らかの疑いを持たれても仕方がないし……第一、一隊士のために護廷隊が動くことなんてないよ」

「だけど、心配してるヤツがいるだろ?」

「……いないと思うなぁ。ただでさえ人手不足なのに、突然 姿を消した あたしに怒ってる人はいるだろうけど」


…………なんて会話をしてるんだろう。

攫われてきた捕虜と、攫ってきた側がする会話じゃないな、これ。しかも……。


若干のヒステリックな感情と共に こみ上げてきた笑い声を抑え切れないでいる あたしを見て、微かに眉を顰めるスターク。



────きっと、世界中を探しても、今 あたしの心配をしているのは、敵である この男だけなんだ……。



(2010.05.26. up!)



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