Scene. 10 ルーティン ……身体が重い…………。 リリネットの『遊ぼう遊ぼう』攻撃をのらりくらりとかわし続けて、はや三日。結局、今日は逃げ切れず、外に連れ出される羽目になった。 砂に足を取られつつの数時間ののちに、ぐったりと足を引き摺りつつ戻る あたしと違い、満足げに目をキラキラさせているリリネット。 あたしたちが部屋を出る時には、スタークは藍染サマに呼び出されて居なかったので、ツッコミ及びフォロー要員不在のお陰で、リリネットの誘いを振り切れなかった、というのもある。 ……恨んでいいですか、スターク。 ココロ密かな呟きを知ってか知らずか、あたしたちが戻ってきた時、当の本人は堆く積んだクッションの上で牢名主さながらに胡坐をかいて座っていた。 「ああ、やっと帰ってきたな。……って、おい、足どうした?」 スタークのいる部屋に入った瞬間から、足を引き摺る姿を見せまいと、いつもどおりに歩こうとしていた あたしの努力は一瞬にして無意味になる。 「……平気。ちょっと捻っただけ」 溜め息。気付かないフリくらい、してくれりゃいいのに。殺意のこもらない剣を受けて負傷したなんて、カッコ悪いったらありゃしない。 黙って立ち上がると、スタークは あたしの側にやってきて跪く。右足首に、そっと触れる指先。その瞬間、ほんの少し顔を顰めた あたしを見ると、立ち上がって、そして……。 「ス、スターク!?」 ひょい、と あたしを抱き上げたスタークは、寝台へと向かう。そこに あたしを座らせ、いつも嵌めたままの白い手袋を外した。 「これ、脱がすぞ」 了承も得ないまま、あたしの草履の紐を解き、足袋を脱がせるスターク。その手が、そっと あたしの足に触れる。冷え切った爪先と熱を持つ踝と。そこに触れる手は、思いの外 熱い。 「治せる……の?」 「さあな」 投げやりな口調とは裏腹に、足首に触れている指先から流れ込む力は、やたら繊細で その癖、妙に力強い。素足に直接触れる手の温度は、普段の熱を感じさせない佇まいとは、まるで真逆だ。 ……まるで、その熱がうつったみたいだ。冷えた爪先が暖かくなる感覚。脈打つものは、心臓まで届きそうで……。 あたしの顔を見上げるスタークに、上昇する体温から全てが伝わってしまいそうで、それが怖くて ふいと目を逸らす。 ……ワケわかんない。『全て』って、何なの? あ、でも……。 我に返って、負傷した部分だけに意識を向ける。 「ちょっと、痛みが軽くなったみたい」 「そうか」 スタークは、ホッとしたように微かな笑みを見せた。けれど、その笑みも すぐに消える。 「……癒したり生み出したり、なんてのは、俺たち破面からは遠い言葉だがな。ここにいるヤツぁ、物も命も壊すことしか考えてねぇようなヤツばっかだよ」 「それは……」 何かを言わなきゃ、と口を開きかけたところで、スタークが立ち上がる。再び、あたしを抱き上げると、また元いたクッションの山へ戻り、あたしを抱きかかえたまま、そこに腰を下ろす。 「……そして、それは俺だって同じだよ。俺たちは、最終的には全てを壊しつくしてしまうんだ。……多分、それは、お前だって例外じゃない」 こんなにスタークに触れて聞く科白でなければ、きっと それは恐ろしい最終宣告として あたしの耳に届いていたのだろう。けれど。 腕の中の あたしを見下ろす青い目は、どこか悲しげに揺らいでいる。 ……いや、これは本当の『最終宣告』なのだ。今なら、まだ引き返せる。 …………引き返せる?ホントに? あたしの負傷した足を包み込むように触れるスタークの手。ほとんど痛みが消えたと思った、その時、スタークの腕が背中に回る。そのまま、胸に押し付けられるように強く抱き締められる。 「……明日も、リリネットと遊ぶんだろ?」 掠れた笑い声とともに、耳元で悪戯っぽく囁かれた科白。それは、きっと あたしの願いでもあるのかもしれない。 「そうだね、明日も……」 そう答えて、ゆっくりと腕をスタークの背に回す。 ……ホントは、もう気付いてる。もう、引き返すことなどできないのだ、あたしたちは…………。 * * * * 「あー……」 あたしを抱き締めたまま、嬲るように その髪を指に絡めて遊んでいたスタークが、不意に顔を上げ、心底うんざりしたように溜め息をついた。 「どうやら、呼び出しらしいな……」 「え?」 意味がわからずスタークを見上げる あたし。何故か、その視線から逃れようとするかのように、スタークは背後を振り返って言った。 「コイツのこと頼むわ、リリネット」 「ん」 あたしの身体に回した腕を解くと、立ち上がってリリネットの方に あたしを押し遣る。 「……侵入者らしい」 「え……」 「もしかしたら、お前のお仲間かもしれねぇな」 今ひとつ感情の読み取れない心を殺したような科白。ふと零した優しい笑み。……そこに、ほんの一瞬、垣間見えたのは…………。 ────『今日と同じような明日が来ること』。そんなことを望んだことなんて、今まで一度もなかったのに。 (2010.05.10. up!) <-- --> page: |