Scene. 8 そばにいるよ





スタークは、先程 また“藍染サマ”に呼び出されて出て行った。

リリネットも、気が付いた時には姿が見えなくなっていた。遊べ遊べと大騒ぎしていたけれど、あたしが相手にしなかったので、どうやら外の虚を追い掛け回しにでも行ったのだろう。

……昨日も、散々リリネットに付き合ったし。


「あの子のペースに付き合うなら、せめて2日置きくらいにしてもらわないと筋肉痛で死んじゃうわ……」

ぼそりと呟いた 独り言。けれど、誰も聞いてないと思っていたそれを、しっかり盗み聞きしていた者がいたらしい。

「なんや、明里ちゃん情けないなぁ。ボク、キミをそんな根性なしに育てた覚えないんやけど」


なんの前触れもなく、唐突に背後に現れた気配。あたしは振り返りもせずに大きく溜め息をつく。

「隊長に育てていただいた覚えはありませんが」

「えー?イヅルの目ェ盗んで、演習いこ、て散々誘ったったやん」


……既に、その文脈がおかしいんだってば。

「……確かに隊長直々に演習に誘っていただいたことはありましたけど、実際は そこで昼寝する隊長の横で本を読まされただけじゃないですか」

「あらら、辛辣。……でも意外と、ああいう本 好きやったやろ、明里ちゃん」

「…………それは、まぁ」

口ごもる あたしを見て、くすくすと笑う隊長。

「で、また、しっかりそれが身についとったみたいやけど?明里ちゃんて斬術は全然アカンけど、模擬戦で、ああいう本の主人公がやるみたいな奇襲作戦立てるの、得意中の得意やったやんか。……せやから、リリネットもムキになって明里ちゃんと遊びたがるねんで?」


……正に、ぐうの音も出ない、とは、このことだろうか。



   *   *   *   *   



「じゃあ、これ」

演習の下見をするのだと吉良副隊長に言い置いて、連れ出されたのは流魂街の外れ。

ぽかぽかと暖かい日の差す れんげ畑に着くと、市丸隊長は あたしに一冊の本を手渡して、ごろんと横になる。

「読み終わったら、起こしてな」


……あたしは、タイマーか。

サボりの体のいい口実に使われたとは知りつつも、流石に五席の分際で隊長に刃向かう度胸はない。

早くも寝息を立て始めた隊長をちらりと見て溜め息をつくと、あたしは諦めて本を開いた。

それは、どちらかというと子供向けの冒険活劇で、あたしは瞬く間に物語に引き込まれていた……。


「気に入ったみたいやね」

物語の余韻に浸りつつ、放心の体で ぱたんと本を閉じた瞬間、寝ていた筈の相手に声を掛けられて、あたしは思わず びくんと肩を震わせる。

「隊長……起きてらっしゃったんですか……」

頬杖をついて あたしの表情を観察していたらしい隊長は、気だるげに身を起こすと あたしから本を取り上げた。その表紙を眺めて、大切そうに背表紙を撫でる。

「これな、ボクが小さい頃に お母ちゃんが見立ててくれた本やねん」

「隊長のお母様……」

咄嗟に脳裏に浮かんだ姿は、“母”と呼ぶには あまりにも幼い印象の『彼女』の姿。

「ボクの周り、少女趣味な話が好きなヤツばっかしやねん。……あんなに夢中で読んでくれたん、明里ちゃんが初めてや」

そう言って、あたしの頭を撫でる大きな手。

「ありがとうな」


何に対する礼なのかは、未だ謎のままだ。



   *   *   *   *   


 
「……深雪!」

名前を呼ばれ振り返ると、心なしか慌てた様子のスターク。市丸隊長に目を留めると、微かに眉を顰める。

「あ、あのね、スターク……」

何か言わなきゃ、と口を開いたものの、その先の言葉は思い浮かばない。


……いや、なんで あたしが言い訳みたいなことしようとしてるの?

お互い微妙な表情のまま視線を交わす。先に目を逸らしたのは、あたし。スタークは、ただ黙ったまま そこに立っていた。

沈黙を破ってクスッと笑い声を立てたのは、市丸隊長だ。

「仲良くしぃや?自分ら」

そう言って、あたしの頭をおざなりに撫でると、ひらひらとスタークに手を振って部屋を出て行く。


「えっと……」

恐る恐る顔を上げると、スタークが思いのほか近くに立っていて ぎょっとする。

すっと伸びてきた手が、頬に添えるようにして あたしの目を覗き込む。意味なく どぎまぎしてる あたしに気付きもせずに、ホッとしたように口許を緩めた。

「……今日は泣いてねぇな」

「え……」

……もしかして、そのために急いで戻ってきてくれた?

「……リリネットに何か聞いてるの?」

「……………………いや」

不自然な間に次いで、ふっと視線を逸らしたスターク。


……そっか。



   *   *   *   *   



まもなく、リリネットも散々走り回ったせいか、ご機嫌で戻ってきた。

「今日は、あたしがお茶を淹れるね」

三番隊では紅茶を淹れたことなんてなかったのに、スタークがやってたことの見よう見まねで、すっかり手順を覚えてしまった。それで自分でもやってみたいと思ったのだ。



カップの載ったトレイを持って戻ると、スタークは いつもの寝台ではなく、積み上げた大量のクッションの上に横になっていた。リリネットは、その腹の上に だらんとぶら下がるように乗って、既に夢の中だ。

そっとトレイをクッションから手が届く位置に静かに置くと、その小さな音を聞きつけて目を開けるスターク。

リリネットを起こさないように、そっと身動ぎしてクッションの上に小さな場所を空ける。黙ったまま、 あたしを見つめる青い目。

おずおずと近寄って空けられた場所に腰を下ろすと、スタークはホッとしたように微かな笑みをみせて目を閉じた。

やがて寝息を立て始めるスターク。


『君は、スタークと長時間一緒にいても、平気だろう?』


その寝顔を見つめていると、不意に いつかの藍染惣右介の科白が頭をよぎる。

……だから?それがどうしたというのだろう。


何かに反抗するように、スタークの傍らに身を埋める。

と、眠っていた筈のスタークの腕が、あたしがクッションからずり落ちるのを防ぐかのように しっかりと背中に回された。試すように、その腕に込められる力。

まるで、あたしが消えてしまわないことに安心したかのように、スタークの呼吸は深く穏やかなものに変わってゆく。


頭の隅で、紅茶が冷めてしまうことを気にしながらも、あたしは急速に眠りに引き込まれていった。


(2010.04.17. up!)



<-- --> page:

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -