Holy Sorry






「なんや、砂南 まだ帰ってきてへんのか」

主のいない部屋は、冷え切って静まりかえっていた。時計を見れば、いつも帰宅する筈の時間を軽く二時間は過ぎている。

……なんか、あったんやろか…………。

窓から外を見遣る。雲ひとつない空に、ぽっかり浮かぶ満月。それは妙に赤みがかっていて、やたら禍々しく見えた。その不吉なイメージに煽られた不安が呼び覚ます記憶。虚の爪に引き裂かれた死覇装。白い肌に滲む鮮血……。


気付いたときには走り出していた。 

砂南がやられるほど、大きな虚の気配なんてない。けれど、理屈で抑え込めるほど簡単な感情ではないのだ。

「砂南……」



   *   *   *   *   



砂南の霊圧を探りながら走って、辿り着いたのは裏通りにある廃ビルの前。ラクガキだらけの壁にもたれてギターケースと並ぶようにしゃがみ込んでいる小さな影を見つけた。ホッとして近付いていくと、こちらに気付いて無表情に見つめ返す目。なんだか奇妙な違和感に気付いて、恐る恐る声を掛ける。

「砂南……?」


「ちがうピョン」


…………その瞬間に、魂が義骸から抜けるかと思うほど脱力したのは、言うまでもない。

 
「お前さん、義魂丸かい。砂南、どこや?」

その問いに、黙って上を指差す砂南(in チャッピー)。

冷静になって耳を澄ますと、風に流される歌声が微かに聞こえてくる。

……何やっとんねん、あの阿呆。


「なるべく陰に隠れときや。補導されてまうで」

そう言い置いて、ビルの非常階段をゆっくりと上る。屋上が近付くにつれ、クリアに聴こえてくる気持ち良さげな歌声。

……まったく。


最上段に足を乗せた途端、何かを蹴飛ばしたらしくガラン、と大きな音が響き、同時に歌声も止まった。

「真子?」

振り返った砂南が驚いたように目を見開く。

無事な姿に安堵の溜め息をつくと、慌てて立ち上がろうとする砂南を待つのすらもどかしく、駆け寄って力任せに抱き締めた。

「……心配かけさせんなや、阿呆…………」

掠れ声の呟きに、驚いたように俺の顔を見つめる砂南。やがて、少し泣き出しそうにも見える顔で、ふっと笑って俺の身体を抱き締めて、小さく呟いた。

「……ごめんなさい」



   *   *   *   *   



冷静になって考えると、随分 体裁が悪い。

藍染との対決を控え、ナーバスになっている自覚はあったものの……。


「……で、今日は何でこんな遅いねん。ちゅうか、こんなとこで何やっとんねん」

「これ」

そう言って、CDのケースを翳してみせる。

「それがどないして…」

「二年振りに出た新譜なの!どーしても早く聴きたかったの!だから、買ってすぐに、ここで聴いてたの!」

俺の科白を最後まで言わせず、畳み掛ける砂南。

「阿呆!家帰ってから聴けや!わざわざ、こんな寒いとこで聴かんでもええやんか!」

「だって……」

思わず叱りつける俺に、何やら言い淀む砂南。

「なんや?」

「……家に帰ったら、すぐシようとするじゃん、真子」

「あ……いや、それは……」


……あかん、言い逃れもでけへん。再会したら絶対 大切にしたるんや、て誓ったつもりやってんけど……全然 我慢できへんねんな、俺。どうやったら、砂南の身体から、市丸の痕跡消せるんやろ思うて……。

「あ、あのね?でも、真子とするの凄く幸せなんだよ?あたし……」

黙り込んだ俺を見て何を思ったものか、早口の小声で口にされた科白。言ってしまってから、恥ずかしくなったのか俺の胸に顔を埋めてしまう。思わず、苦笑いをしたのは自分の馬鹿さ加減にか。


……なんや、俺よりコイツの方が、ずっと強いんかもしれへんな…………。

「……帰ろうや、砂南。今日は程ほどにしといたる」

「結局やるんかい!!」

お約束のツッコミが返ってきたことに気をよくして砂南を抱き上げると、そのまま瞬歩で その場から離れた。



(2010.05.01. up!)



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