body friction






月明かりの下で、覚えたばかりのメロディを口の端に乗せる。真子に再会するまでは、毎夜の習慣だったことだ。

今夜のそれは凄く久し振りで、しかも大好きなバンドの2年振りのCDを手に入れたということもあり、すこぶる上機嫌だった あたしは、真子が部屋で待っていることなど、すっかり忘れていた。

……いや、逆か。待ってくれてる人がいる、ってわかってるから、あんなに幸せな気分で夜の屋上にひとりでいられたんだ。



…………まあ、言い訳だけどさ。


心配して、血相を変えて現れた真子と、二人してマンションの部屋に帰りついたあとは、案の定、ベッドに引きずり込まれる。

なんだか今日は、キスひとつとっても荒っぽい。胸元を掠めるピアスの感触に、思わず真子の頭を抱き締めて。

「真子……ねぇ、もっとゆっくり、して……?」


顔を上げた真子が、あたしを見下ろしているのはわかる。だけど、暗がりのせいだけじゃなく、その表情が読み取れない。

「ホンマは……オマエ、こういうことすんの嫌いやろ?」

掠れた声の中に滲むのは、聞き違えようもない自己嫌悪。口にする科白とは裏腹に、ゆっくりと あたしの中に入ってくる真子。

「なんで、そんなこと……」

ぎゅっ、と真子の背にしがみついたら、耳元に寄せられた唇が言葉にならない吐息を押し出す。

「こうやって……身体を繋ぐことは、オマエの辛い記憶とリンクしとるやろ?せやけど……あかんねん。何回抱いたかて、オマエの身体に残っとる“痕跡”が見えるみたいで……」

「真子……」

耳もとで囁かれるのは、闇を映した自己嫌悪の言葉。

「俺は、いつかオマエを壊してしまうかもしれへん……」

泣き出しそうな声と共に、苦しいくらいに抱き締められる。


「……壊れないよ。ねぇ、わかってるでしょ?」

腕の力を緩め、あたしを真っ直ぐに見つめる真子。

真子が、あたしから吸い出してくれた毒が、まるでそのまま真子に回ったみたいだ。……だとすれば、“毒消し”は あたしの仕事だろう。

「真子が側にいてくれるんなら、壊れたりしないよ?真子がいてくれるから、あたしは今、まっすぐに立ててるの」

「砂南……」

「それに」


くす、と笑い声を立てる。……ちゃんと笑えているよう祈りながら。

「わかってるんだからね?真子は、あたしが真子より新譜を選んだことが気に食わないんだ」

軽く睨みつけての科白に、怯んだ様子で言い返す真子。

「……せやから、一緒に聴けばええやんけ。まだ夜は寒いやろ。せやのに、あんな屋上で、ひとりで……」

「けど、音楽の趣味は微妙に違うじゃない?自分の好きな音楽聴いてる横で、つまんない顔されてたら嫌じゃん!」

「あー……でも俺、あれ好きやで。ほれ、スペなんたら言うヤツ」

食ってかかる あたしに、腰が引けた様子で同調するような科白を吐く真子。……っつーか、あたしにソレは逆効果だわ。

「スペアザ。……略称すら、ちゃんと覚えてないじゃん。ご機嫌取りのために、あたしの好きなものに、さも興味があるような顔をされるのが一番嫌い」

そう言って、ふっと真子から視線を逸らす。


くだらない口喧嘩をふっかけて、畳み掛けるように相手を追い詰める科白を吐いていくうち、いつのまにか真子は、いつもの皮肉な笑みを浮かべて、あたしを見下ろしていた。


「嫌い、ね。……せやったら、そーゆー口がきけへんようにしたろか」

そんな科白に次いで、深く重ねられる唇。それは、喧嘩の延長にしては、やけに優しいものだった……。



────喧嘩してベッドで仲直り、なんてのは、よく聞く話だけど。……ベッドでのわだかまりを喧嘩して解消する馬鹿っプルは、あたしたちくらいのものだろうなぁ…………。


……歪んでるよねぇ。

溜め息をついた あたしを不思議そうに見下ろす真子の首に腕を巻きつけて、いつになく積極的な あたしに焦る その顔を強引に引き寄せた。



(2010.05.13. up!)



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