Rasberry






「はぁい、終了でーす。皆様、お疲れ様でしたー!」


今日はホワイトデーだ。バレンタインデーは、その存在すらキレイに忘れ去っていた砂南と、今度こそ “ありがちな恋人同士の一日”を過ごすべく、あれこれ計画を練っていた。

元々、俺は そんなにマメな方ではないとは思ってるが……この程度の努力で100年分の借りが少しでも返せるなら、流れに乗るのも悪くない。

……それに、砂南と離れている間、ほんの少し付き合っていた女たちに、そのテの記念日を忘れると痛い目に遭うことも教えられたしな…………。


遠い目になりつつ雑誌をめくっていたのが、2日前。そこへ、砂南から投げかけられた ひと言。

「ホワイトデーなんだけど……この間の“カラダで払ってくれる”、っていうのは、有効?」

心なしか顔を赤らめて、伏目がちに問う科白。……ここで、若干 芝居がかっていると思わなかった訳ではないのだが。


「……ええよ。いつでも構へんで……」

クールぶって、鷹揚に答えるまでが限界で。

抱き寄せて、キスして。少しずつ深まっていくキスとともに、抱きしめる手に力を込めようとしたところで、あっさりと砂南に胸を押し返される。

「ホワイトデー、明後日だし……ね?」



…………あっさり騙されとる俺も どうかと思うけど。


結局、昼から駆り出されて、砂南たちのバンド・SILK主催のライヴイベントで裏方として働かされるという有り様だ。

……まあ、ええか。一日、一緒におれた訳やし。


「しーんじ」

「うおっ」

不意に、頬に押し付けられる冷たいグラス。床に座り込んだ俺の前に、水滴の滴るグラスをかざした砂南が立っていた。

「今日は、ありがとね。……一日、ずっと一緒にいられて嬉しかった」

それでも、砂南の手が空いたら文句のひとつも言ってやろうと思っていたが、思いのほか素直な言葉をはにかんだ笑顔で告げられて、気が削がれてしまった。

「お、おぉ……」

手の中に押し付けられたグラス。砂南の笑顔に見惚れつつ、うわの空で口をつける。

「甘……」

「ノンアルコールのカクテルだよ。シンデレラ、っていうの。マスターからの奢り」

「……散々こき使っといて、仕事終わったら 0時になるまでに帰れ、ってかい」

「そうだね……」

周りを気にしてか、こっそりと俺の手を握る砂南。


「ホワイトデーは、まだ二時間は残ってるから。……早く帰ろ?」




夜道を砂南のマンションへと向かう途中で。隣を歩く砂南の横顔は、なんだか沈んでいる。

「騙し討ちで真子を連れてきたこと、メンバーに説教された。……男心を弄ぶな、だって」

「……弄ばれたんかい、俺」

ぼそりと呟いたツッコミはスルーだ。
 
……何を言われたのやら。

俺自身、別にそこまで酷いことをされたとも思ってないが、おそらくデートと偽って女にいいように使われたトラウマでもあるヤツがメンバーの中にいたのだろう。


「いっつも真子ばっかり余裕で、ずるいじゃない……?あたしばっかり、いっぱいいっぱいで悔しいもの……あたしばっかり好きみたいで……」

今にも泣き出しそうな声で、そんなことを言われたら……。

「余裕なんかないけど……俺の方が、いっぱい嬉しい想いさしてもろとるのは確かやろな」

「え?」

俺の顔を見上げる砂南に、人目を気にしつつ素早くキスをして。

「ええやん。好きな女の前でくらい、カッコつけさせてくれや。いっぱいいっぱいになっとる砂南も、俺だけのモンやろ?」

そう言って、リボンをかけたハート型の甘い匂いのするカタマリを砂南に押し付ける。

「……バスソープ?」

「ホンマは、デカい風呂のあるホテルでも行って、心ゆくまで洗ったろうかと思いよったんやけどなー……ま、今からやったらマンションの狭い風呂で我慢するしかないか……って、痛っ」


無言で俺をぶん殴った砂南は、そのまま先へと ずんずん歩いていく。

「前言撤回だ!真子のバカ!」


振り返って喚く砂南の赤い顔に、微かに甘えるような期待するような色をみて、こっそりと笑いを噛み殺すと、慌ててあとを追いかけた。



(2010.03.11. up!)



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