Thank you for the special day






「あ?砂南、まだ来てへんのか?」

練習があると、先にマンションを出た筈の砂南は、夕方になっても まだアジトに着いていなかった。

「なんや、一緒ちゃうんか?ハゲ真子」

「ハゲちゃうわ、このボケ」

と、いつものように、ひよ里と掴み合いになる寸前に、のんびりと口を開くローズ。

「さっき、僕のケータイに連絡あったよ。君、ケータイのバッテリー切れてるんじゃないの?砂南、真子に繋がらないってボヤいてたよ」

「ああ、そりゃスマンかったな……って、ちょっと待てや!なんで、ローズにやねん!」

掴みかからんばかりに詰め寄ると、ローズは迷惑そうな顔で俺の手を払って言った。

「店の棚に僕が聴きたいって言ってたCDがあるの見つけたから、CD-ROMに焼いてきてくれる、って話だったんだよ」

「店?」

「砂南が出入りしてるライヴハウスのことじゃないの?マスターにピンチヒッター頼まれたとか何とか言ってたから。1,2時間手伝ってから、こっちに来るってさ」

「……さよか」

……砂南らしいけど。何も、こんな日に。

「あ、コラ真子、どこ行くねん!」



ひよ里の問いかけを無視するように、またアジトを飛び出した。向かう先は、件のライヴハウスだ。

まだ『準備中』のプレートが掛かったドア。その向こうから聞こえるのは、CDらしき音楽と、それに合わせて上機嫌で歌っている砂南の声。

防音の重いドアを押し開けると、表に音楽が溢れ出し、砂南の歌声は止まる。

「すみませーん、まだ準備中なん……って、なんだ真子か」

俺の姿を目にした砂南は、咄嗟に顔に貼り付けた営業スマイルを消し、少し驚いたような表情をみせた。

「なんだやあれへんがな。なにやっとんねん、オマエ」

「何って、店番。お酒の配達の子が早い時間にしか来れないって言うんだけど、今日はマスターが用事で遅くにしか来れないっていうから。あたしは、忙しい時に手伝いでカウンター入ったこともあるし」

と言いつつ、手馴れた様子でビールサーバーのセッティングをしている砂南。

「ひとりか?」

「平日は、バー営業のみだからね。ライヴある日なら、誰かしらいるし、わざわざ あたしが呼ばれないよ」

「ふぅん……」

「なんか飲むー?お駄賃がわりに好きなの飲んでいい、って言われてるの。簡単なのなら、カクテルもつくれるよ」

と、カウンターに置かれたメニューをこちらへ押しやる。

「いや俺、酒は……また酔ってオマエにいらんこと言うてもうたらいかんし……」

「ふぅん?」

目を細めて、黙って俺の顔を見つめていた砂南は、不意にニヤリと笑う。

「じゃあ、ノンアルコールのカクテルつくったげようか。あたしがカウンターに入るのって、未成年の子が多いイベントの時が多いから、得意なんだよ。……ノンアルコールのサングリアなんか、いつもピッチャー3つ分くらいは仕込むしね」

「……オマエは、どこまでも子供優先やなぁ」

砂南は、クスリと笑うと こちらに背を向け棚からグラスを取り出して、手早く飲み物を作りはじめた。ほどなくして、コースターに乗せたグラスをこちらへ寄越す。

「はい。シャーリー・テンプルです」

「…………大の男が飲むカクテルの名前ちゃうな」

「シロップ控えめにしたから、味はそうでもないよ。ほとんどジンジャーエールだし」

カクテルを口にする俺を見て にっこりと笑うと、砂南はカウンターから出てきてステージの上に放り出したままのギターを片付け始めた。


「で?今日は、どうしたの?これ終わったら、すぐ向こうに行くって伝言しといたんだし、待っててくれたらよかったのに」

……これやもんなぁ。

グラスの残りを呷ると、立ち上がってステージの正面まで進む。


「……ちょうど、一年前や。この店で、歌っとるオマエを見つけたのは」

驚いたように振り向いて、ステージ上から俺を見下ろす砂南。その身体を抱き下ろして、そのまま強く抱き締める。 


「ホントは……あの日 オマエの姿を見つけた瞬間に、こんな風にしたかったんや……」

はっ、と小さく息を飲む気配。背中に回る細い腕。

再会した あの日を繰り返すように。今のこの時間を噛み締めるように、そっと砂南の名を呼んだ。


 
(2010.03.07. up!)



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