恋人よ我に帰れ・1 -雨の日の午後-






からん、と背後でグラスの氷が鳴る音がした。


外は雨。

出掛けるのも億劫で、砂南のノートパソコンを開いて、動画サイトでJAZZのライヴ映像を再生しまくって時間を潰して。

そのパソコンの持ち主は、俺の背中にもたれてライムの浮いたグラスを鼻歌交じりに傾けている。


「……上機嫌やな」

「そぉ?」

くいっ、とグラスの残りを呷ると、テーブルの上のボンベイサファイアのボトルに手を伸ばしてグラスに継ぎ足し、ふらりと立ち上がるとキッチンに消えた。次いで、冷蔵庫を開ける気配。

水と氷を足してきたらしく、デカい氷のカタマリを指で回してグラスの中身をからからと攪拌しながら戻ってきて、また俺の後ろに座り込む。

背中合わせで与え合うような体温が心地良い。

視線はパソコンに向けたまま、腕を後ろに伸ばして砂南の頭を撫でてやると、その手に猫のように頬を摺り寄せてくる。……酔っているせいか、随分 熱い。


次に再生した曲のイントロが流れ始めると、砂南は、『あ……。』と小さく声を上げて、囁くような声で口ずさみはじめる。歌詞も、一言一句間違えずに。

この曲のタイトルは……。

「『Lover, Come Back To Me』だね。……現世に降りてきたばかりの頃、JAZZ系のライヴハウスで何度か聴いたことあるよ」

「何度か……ってわりには、歌詞も完璧やんか」

「一生懸命、覚えたもの。一時期は、まるで お祈りみたいに、ずっと口ずさんでて……」


ことん、とテーブルに置かれたグラス。

酔っているのも手伝ってか、まるっきり甘える猫そのままみたいな緩慢な動きで、俺の腕の中に潜り込んでくる。背中に回した腕にも力が入らないのか、そのまま腰まで滑り落ちるにまかせて。

「……誰に祈ればいいのかもわからない願いなのに。祈りが通じるなんて、思わなかったけど……」


そのまま呟きは途切れ、やがて穏やかな寝息に取って代わる。

「……この酔っ払いが」

言葉とは裏腹に、口許が緩むのを抑えられない。

接続を切ったパソコンを閉じると、砂南を膝に抱き上げて。


うたの続きを子守唄みたいに口ずさみながら、そっと頬を撫でた。



(2009.09.28. up!)



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