2.




 
「…………どうしたの、スターク」

部屋の中央に積み上げられたクッション。

のびのびと昼寝するスペースを確保するために隅に追いやられていた小さなテーブルに、紅茶あのトレイをそっと置く。

「……俺が、どうしたって?」

「いや……どう、って……」

クッションの山に、長々と身を横たえるスターク。

その怠惰な姿には、一見 何の変化もないように見えるものの――


「……なんか、不貞腐れてる?」

問われるままに ぽつりと口にしたのは、自分でも半ば問いかけとも ひとり言とも区別のつかない科白。けれど。

「なんでだよっ」

がば、と起き上がって吐き捨てるように口にされた言葉。…が、目を丸くした あたしと目が合うと、すぐに ついっと逸らした。

……図星?でも、どうして……。


「…………どうも、ノイトラに何か言われたみたいでさ。珍しく、スルーできずに絶句してたけど」

と、あたしの肩によじ登り、小声で耳打ちするリリネット。

「何かって?」

あたしの質問に、リリネットは無言で首を傾げる。と、よじ登った あたしの肩越しにトレイの中を覗き込む。

「お菓子?食べていいの?」

言うが早いか、リリネットは あたしにしがみついた不安定な姿勢のまま、手を伸ばす。

「……ああ、待って」

うわの空のままトレイの上のスコーンをひとつ取ると、半分に割ってバターとジャムを塗る。それをリリネットに手渡した瞬間、まるで あたしの指まで食い尽くす勢いで かぶりつくリリネット。

「あ、美味しい。……これ、シャールの手作りだよね?こんなの、この虚圏で、どうやって……」

「“3ケタ”の巣の隅っこに、かまど作ってみたの。……火加減は、コレで、ね」

そう言って、目の前に人差し指を立ててみせる。と、その先に小さな火がポッ、と点った。

「……な、なるほど」

あたしの指に顔を寄せていたリリネットは、前髪を焦がしそうになって慌てて身を引く。

「そういえば、死神たちの総大将も火の力を持ってるんだっけ?」

「……らしいね」

カップに紅茶を注ぎながらスタークの方に視線を向けると、あたしたちの会話に反応してか、微かに肩が揺れたような気もする。とはいえ――

……そんな興味深い話をしたつもりもないんだけど。


こちらに背を向けたままのスターク。穏やかな時間の中で、そこだけが何故か落ち着かない空気を感じさせた……。



    *    *    *    *



「よぉ、スターク。いいザマだな、テメェ」


いつもの藍染サマの御前での集まり。その何の身もないミーティングから、そそくさと自宮に戻ろうとした俺に絡んできたのはノイトラだ。

「……出し抜けに、なんだよ」

「十刃落ちの女を消しちまうのが怖くて触れもしねぇ、っていうじゃねぇか。……そんな腰抜けが俺の上にいるなんざ、気に食わねぇんだよ」

ノイトラの目が凶悪な光を帯びる。

……ったく。

はあ、と疲れたような溜息をついてみせて。

「“3ケタ”だって、藍染サマの戦力の一人にゃ違いねぇだろう。俺らの一存で、勝手に どうこうするワケにゃいかねぇだろうが」

「藍染サマだって、不可抗力で消しちまったモンに やいやい言いやしねぇよ。……元、とはいえ、プリメーラだった女だ。それを消しちまうほどの力を賞賛されることはあれど、批難されることはねぇんじゃねぇか?」

なァ?と、ノイトラは目を細めつつ、ニヤリと哂う。

黙って立ち去ろうとした俺の背中に にじり寄り、馴れ馴れしく肩を掴んだ。

「……いっそ、ヤッちまえばいいんだよ」

「なっ……!」

「どの程度の“接触”で、“3ケタ”が消えちまうのかのデータが取れりゃ、藍染サマだって怒りゃしねぇよ。……オマエだって、いい思いできんだ。悪い話じゃねぇだろ?」

俺の顔を覗き込んで反応を確認したノイトラは、耳障りな笑い声を上げて離れていった――




「……ク。スターク……?」

はっ、と目を開けると、シャールが傍らに膝をついて、何やら気遣わしげに俺の顔を覗き込んでいた。

「……あ、ごめん。ホントに寝てた?目を閉じてるだけかと思って……あの……」

目を開けた一瞬に、ハンカチか何かの白い布を後ろ手に隠すのが見えて――

「……なんだ、俺 寝言でも言ってたか?」

じっとりと額に滲んだ汗。

……あんな科白、起きてる時に一度 聞きゃあ十分だってのに、なんで夢の中でまで…………。

「ちょっと起きて。濃いめに紅茶淹れ直してきたから、飲んでくれる?……きっと、スッキリするよ?」

「……ああ、ありがとな」


俺の質問はスルーで、ポットからカップに紅茶を注ぐシャール。

……あんまり、いい寝相じゃなかったらしいな。余計なこと、口走ってなきゃいいんだが……。


『……ヤッちまえばいいんだよ』

不意に、ノイトラの科白が頭の中で繰り返される。

……少なくとも、ノイトラのヤツには、こいつが“そーゆー”対象に見えてる、ってことか。


「なあ……」

「んー?」

俺にカップを渡したシャールは、ティートレイに気を取られながら生返事を返す。

「お前、あんまり一人で ここらをウロウロするな」

「え……」

ティースプーンを取り落とす音が、やけに大きく響く。

「それは……あたしが、ここに来るのは迷惑だって、こと……?」

「……そうじゃねぇよ」

「そうだよね、従属官にして、なんて散々追い回して…………ッ!?」


口で説明するのも面倒になって、シャールの手首を掴んで引き寄せる。そして――



    *    *    *    *



不機嫌そうだったスターク。

……ずっと、不安だったのだ。あたしのことが、本気で迷惑なんじゃないか、って。

従属官にして欲しいという望みは、未だ保留されたまま。

追い返されることもなかったから、スタークの無関心に甘えて入り浸っていたけれど、本当は ずっと迷惑に思われていたんじゃないか、って――


「……そうじゃねぇよ、馬鹿野郎」

ぐい、と引き寄せられた身体。ふっと暗くなる視界。スタークの名を呼ぼうとした唇は、無造作に そのひとの唇で塞がれる。

「スタ……」

「……わかったろ?女一人で、ここに来るのは危ねぇよ。暇を持て余してる連中に襲われちまっても知らねぇぞ?」

そう言って、ぽん、と あたしの頭を撫でる。

「そして、それは俺だって同じだよ。……悪かったな、いきなり」

優しい目。きっと、本気で あたしのことを心配してくれているのだろう。だけど、それは……。


「……ごめんね?もう、来ないから」

スタークの返事も待たずに、響転で その場を離れる。

だって、それは――
あたしを欲しいなんて思ってもないキスだったから…………。


 
(2013.08.03 up!)



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