3. ……それは、もう。 全っ面的に俺が やりすぎた。それは認める。 あれから――シャールへの警告のキスから、もう何日になるだろう。 あれ以来、シャールは姿を見せない。 「…って、女の子に なんってことするのー!!」 「……いや、その……なぁ」 「ちょっとっ!誰が足くずしていいって言った!?正座っ!!」 「……………………はい」 自宮の自室。 いつもなら、主の呼び出しもかからない気ままな昼寝タイム――の筈なのだが、今の この場所は、正に針のムシロと化している。 俺を睨むリリネットの眼光が、そりゃあもう、痛い。 そして、まぁ……そうやってリリネットに睨まれるのも仕方ないと思う俺も、いることは、いる。 なんせ、ここ数日というもの、シャールの気配が やたらと遠い。 でも、それは……。 「問答無用ー!いいから、シャールのとこ行って謝ってきて!悪かったって!で、また遊びにきてね、って!!」 ……その最後の ひと言は、どうなんだ。子供の仲直りか?…………それも、明らかに母親が介入して後ろから頭押さえつけて下げさせてる、って風情の。 「っつーか、その……立場上、ソレは……」 「イマサラ、立場なんて気にするの?スターク」 「…………」 いつものリリネットなら、そんな建て前じみた科白は鼻で嗤ってオシマイ、だ。愚図っている俺を理解した上で。 ガキみてぇな顔してるクセに、母親気取りというか。元は同じ魂魄だった筈なのに、しっかり『女』の洞察力を持ってる辺りが怖ェ……。 だが、今日のリリネットは追及が激しい。 それでも……まるっきりの別人格に見えて、時折ふと、大筋で互いの想いが合致していることに気付くのだ。 「……わーったよ。シャールんとこ行ってくりゃいいんだろ」 痺れた足を擦りながら立ち上がる俺を見て、リリネットがニンマリと微笑う。 「そう。いい子!」 “母親気取り”云々…の件は口に出さなかった筈だが、と思わず足を擦る手を止めて眉間に皺を寄せる。 むっつりと黙って見つめ返す俺を やはり黙って――こちらはニマニマと御機嫌で――みつめているリリネット。 …………くそっ。負けだ負け。俺の負けだよ。 黙ってリリネットに背を向け、部屋を出る。自宮を出て向かうのは、“3ケタの巣”。 響転は使わない。ノロノロと自分の足で向かう。時間稼ぎをしてるような後ろめたさは――ある。 ……顔を合わせることが嫌なワケじゃないんだが―― 「よォ。いつにも増して、覇気のねぇツラしてやがるなぁ、オイ」 不意に目の前に現れたのは、ノイトラ。 思えば、この男の一言で妙な真似をする羽目になっちまったのだ。……無視だ、無視。 「…んだよ、お前ら 揃いも揃って」 反応がない俺の顔をまじまじと覗き込んだノイトラが、訝しげに首を傾げる。 「お前“ら”……?」 「お前の周りをウロチョロしてる ガキじゃない方の女、な。おんなじ顔してるぞ、お前ら」 ……ひとまず、このガキ呼ばわりは聞かなかったことにしておく。リリネットの耳に入った日にゃあ、面倒くさいことになるに決まっている。 「あー……だから、今から姫さんの御機嫌伺いに行くところでな」 “おんなじ顔”、か……。 アイツも、随分と情けない顔をしているらしいな……。ノイトラの手前、笑っちまうのを我慢して、かろうじて口の端を引き上げるのみに留めて。 「ああ!?仮にも一番の男が何言ってんだぁ?力で押さえつけりゃいい話だろうが!」 呆れたような大声を出すノイトラは、“仮にも”という部分を強調しつつ嗤う。 「生憎、恐怖政治は向いてなくてな。肩凝っちまうよ」 「あァ?」 どうにかして俺に喧嘩を買わせようとしていたノイトラは、心底 理解不能、という表情で黙り込む。だが、構わず歩き出した俺に、何故だか急速に興味を失ったようだった。……そして、同時に背後に感じた獣じみた霊圧。 …………ノイトラよりも、グリムジョーの気配に気付くのが遅れるたぁ、俺も どんだけ動揺してんだか。 自嘲気味に小さく嗤って、それから。まもなく始まった小競り合いの気配に、巻き込まれないよう響転で急いで その場を離れた。 * * * * “3ケタの巣”。迷路のような入り組んだ通路をシャールの霊圧を探りながら歩く。 シャールの住処に近づくほど、通路は細く狭くなっていく。 ……まあ。ノイトラやグリムジョーが、こんな狭いとこをワザワザ通ってまで…ってのは、あり得ねぇ、か。 と、そこまで考えて、ハタと気付く。 俺もリリネットも、同じようにシャールのことを心配しているだけだと、そう思っていた。 けれど、俺の場合は。 1つだけ、おそらくはリリネットよりも余分に持っている想いがある。これは―― …………警告なんかではない。そんな親切心などではないのだ。 「あー……つくづくカッコ悪ィな、俺」 そう呟いた途端、視界がひらけて――蹲っていたシャールが、ゆっくりと振り返った…………。 (2014.09.17 up!) <-- --> page: |