1.




いつもの自宮での昼寝タイム。

…と、今の今まで俺の腹の上で寝息を立てていたリリネットが目を覚まし、そこに腹這いになるようにして顔を覗き込んでくる。

「きたよ、スターク」

「……わかってるっつーの」


チェシャ猫みたいな笑みを浮かべると、リリネットは俺の腹の上から、ぴょん、と飛び降りる。

と、同時に、その気配は最早 探査神経に頼るまでもなく、聴覚で認識できるほどに近づいてきていた。


……っつーか、霊圧ダダ漏れにも程があるだろうよ……全く、そんなだから――――

「スターク様――!」


けたたましい足音を響かせて、そいつは俺らの部屋に駆け込んできた。

「お前……“スターク様”は やめろ、っつってるだろ、シャール」

「いいえ!今日こそ、色好い返事を聞かせてもらいます!……わたくしを貴方の従属官にしていただけるとの言葉を戴けないのであれば、ここを動きません!」


…………やれやれ。

「……藍染サマは、なんて言ってんだよ」

どこか雑な仕草で床に手をついていたシャールは、知らず軟化した俺の言葉に 期待に満ちた表情で顔を上げる。

「藍染様は、スターク様のお気持ちに任せる、と仰いました」

「…………だから、スターク“様”は やめろ、っつってんだろーがよ」

溜め息をついて、がりがりと頭を掻き毟る。

「俺は、お前に“スターク様”なんて呼ばれる器じゃあ、ない。俺は序列なんかに興味はないんだ」

もう一度、溜め息をついて、まっすぐにシャールを見下ろす。


「……お前がプリメーラのままで良かったんだよ」



   *   *   *   *   



初めて俺とリリネットが虚夜宮に足を踏み入れた その日。

俺たちは、その足で藍染惣右介の前に呼び出された。その側に控える東仙要と、少し離れた場所で壁に凭れるようにして一見 愛想の良い笑みを浮かべて傍観者と化している市丸ギン。

「ああ、よくきてくれたね。……早速で悪いんだが、今ここで霊圧を上げてみてもらえるかい?そう……最大出力で頼むよ」

「今ここで?」

穏やかな笑みを浮かべたまま、鷹揚に頷く藍染惣右介。リリネットと視線を合わせ訳がわからぬまま、それでも俺は言われるままに、ゆっくりと霊圧を上げた……。

 
「……スターク!」

リリネットの鋭い声に、知らず閉じていた眼をひらく。その視線の先にあるものに気付いて、慌てて霊圧を落とした。

そこには、いつからその場にいたのか、見知らぬ女破面が膝をついて息を荒げている。


「……わかったね、シャール。君は降格だ。今日から、彼が一番だ」

「…………はい」

悔しげに唇を噛んで藍染惣右介に頭を下げた女破面――――それが、俺たちとシャールの出逢いだったのだ。



…そう。

シャールは、3ケタ。……つまり、十刃落ちだ。

まだ、俺やリリネットが虚夜宮にくる前の、最初の十刃――



「やめてよ!暫定一位なんて、恥ずかしいったらないわ!」

先程までの態度とは一変、いつのまにか、その言葉から敬語が抜け落ちる。


「あたしは、貴方に負けたの!貴方以外の十刃の下につくなんて、屈辱以外の何者でもないわ!」
捨て科白を残して、走り去るシャール。

その背中を見送りつつ、溜め息をついて再びクッションの山に横になる俺。


「別に、シャールなら、ここに一緒に暮らしてもいいけどなぁ。あたしとも、よく遊んでくれるし。シャールと一緒にいるの楽しいもん」

「ガキはお気楽だな、おい」

「なによぉ」

と、ぷっと膨れてみせるリリネット。


けれど……未だ、記憶から消えないのだ。俺の霊圧に中てられて、床にくず折れるように膝をついて息を荒げているシャールの姿が……。



「……だけど、スターク。シャールだって、いつまでもあの時のままじゃないよ?密かに外に出ていっては、修行してるみたいだし」

「わかってんだよ、そんなことは……って、人の頭の中を読むなよ!」

「口に出してたよ。っていうか、どっちみちダダ漏れだってば」


ちっ、と舌打ちして、リリネットの科白を遮るように背中を向ける。 

……わかってるよ。だけど――



と、不意に入り口近くで、がちゃん!と陶器の触れ合う音がした。

そこには、乱暴に置かれたせいで中身の零れた紅茶のカップが載ったトレイ。……おそらく、先程の仲直りのつもりで用意してきたのだろう。


「やれやれ……」

溜め息をついて立ち上がった俺に、既にお茶請けのビスケットに手を伸ばしかけていたリリネットが、反対の手でお気楽に手を振った。

 
「いってらっしゃ〜い」



   *   *   *   *   



「おい、シャール!」

怒り狂って ずんずん先を歩く袖を引くと、勢いよく振り返るシャール。

「どれだけ舐めれば気が済むの?十刃は、いわば破面全体の上官。……兵を使い捨てにする冷酷さがなければ、何れ藍染様は貴方を見限るわ」

そう言って、俺が引っ張っている袖を冷たく見下ろし、その手を振り払う。

「……そして、部下を気遣って触れもしないなんて、見損なったわ」


前に向き直る一瞬前に見せた悲しげな目の色。


その次の行動は、我ながら想定外だった。

「あ、あの、スターク……!?」


次の瞬間、俺の鼻先はシャールの髪に埋められていた。リリネットとは違う、柔らかい身体に回した腕に力を込める。

「は、離して……」

明らかにパニックに陥ってる声に気付いて腕の力を緩めると、シャールは滅多に使わない響転で姿を消した。その一瞬前に、真っ赤に染まった頬を見た気がしたのは、気のせいだったろうか……。


「……確かに。見損なわれるのも当然か」

ふと、自分の手を見遣ると、微かに震えていることに気付く。

「なっさけねぇの……」 

そのまま、ずるずると壁に凭れて廊下に座り込んで。窓から見える月をいつまでも、ぼんやりと眺めていた――――



「……だいたい、二人とも鈍いからなぁ。自覚がないにもほどがあるよ」

ぼりぼりとビスケットを食べ尽くしつつ、ひとりごちるリリネット。

「…………どうして自分の霊圧に当てられるシャールを見るのが嫌なのか、どうしてスターク以外の従属官にはなりたくないのか」

にんまりと笑いつつ、ビスケットの粉のついた指を舐める。

「ちょっと考えたら、わかりそうなもんだけどね?」

と、ビスケットの皿を空にしたリリネットは、澄ました顔で紅茶を飲み干した。



(2012.01.30 up!)



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