食堂を出た時だった。



「よっ、ローザ。昨日はぐっすり眠れたのかよ?」



ししっと笑いながら、あたしの背中に声をかけて来たのは、えーっと……



「ベルだっつーの」



そうそう、ベルさん!



『はい、昨日は正直疲れてましたから、そりゃあもう、どっぷりと』

「そうか、ならいーや。」



両手を頭の上に組みながら、相も変わらず、しししっと笑って先を歩きだすベルさん。
あれ?心配というか……そういうのしてくれたのかな?
普通、会って一日やそこらの人にそこまで心配する人は中々居ない。だけど、ベルさんのはそんな気がする。ベルさんのコトはまだよく解らないけれど、きっと悪い人では無いはず!途端にそう思った。

「あっ、そうだ!」と先を歩いていたベルさんが楽しそうに振り向く。



『何でしょう?』

「ローザって15歳なんだろ?」

『そーですね…?』

「俺、何歳に見える?」



スラッと伸びた人差し指で自分のコトを指しながら、ベルさんが聞いてきた。
うーん。いきなり何歳に見えると言われても……。
悩みながらちらりとベルさんを覗く。しかし、目が前髪で隠れているから推測するには難しい。
でもわりかし若いよね……
ほら、肌の綺麗さとか言葉遣いからしてまだ若い!……気がする。だから



『17、8歳くらいでしょうか?』



恐らく、それが妥当なラインだろうな。と考えながら聞き返した。



「惜しいねー。王子まだ16歳なんだわ。」

『へー、16歳』

「そう。つまり、ローザのいっこ上な。だから何かあったら俺に何でも言えよ、ローザ。」



口を大きく、にっと笑いながら親指を立てているベルさん。そうなんだ、いっこ上なのか。



「俺のこと、兄みたいに思ってもいいんだからなっ」



なんて言いながら、あたしの肩をポンポンと叩いて、今度こそ行ってしまうベルさん。



……お兄ちゃん……



彼の後ろ姿を眺めながら、あたしは廊下に突っ立ったままで、心に引っ掛かったその言葉をただ呆然と考えていた。

何故か懐かしい響きだ。

あたしには、縁も所縁もない言葉な筈なのに、何故か懐かしい。心が落ち着く、らしい。何でなんだろう?あたしは一人っ子のはずなのに。



憧れとは違うその言葉への感情が気になる。しかし、いくら考えても答えなんか出やしない。何故その言葉の響きが懐かしいのかなんて、いくら考えた所で解らない。だって、あたしの過去はある一点から突如始まっているから。それ以上過去の記憶なんて無い。そして、知りたいとも思わなかった。だって知ったところで、今のあたしの環境がどうこう変わるわけでは無いのだから。成行で生きてきた今の状況が嫌いな訳じゃないから。なら、別に知らなくてもいい。過去を知ったところで現在が変わらないのならば、その現在に満足しているのなら、別に知る必要なくってよ、ローザ。



うん。と結局、自分に言い聞かせるような感じになってしまった思考を纏めて、再び足を動かしはじめる……



「ローザ、こんな所に居たのか。」



角を曲がってやってきた人物の声に、再びあたしの足は制止させられた。

そして不覚にも、その人の、その言葉に、あたしは懐かしい香がした。


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