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あたしは沢田家にお邪魔する前、確かにイタリアに住んでいた。いや、住んでいたと言ったら何処か語弊がある。住んでいたのではない、保護されていたんだ。



あたしの過去のは、ある一転から先は記憶が無いといったけれど、それは"意識してなかった"と言うような問題ではない。そうであるならば、断片的にでも記憶が残っているはずだ。しかし、あたしにはそれさえも無い。本当に記憶が無いのだ。

だけど、それで不敏な思いをしたことはない。自分を哀れんだことも無い。



何故なら、あたしは過去に執着しないように生きてきたから。



沢田家にお邪魔になる前のこと。少しだけイタリアに居た頃の記憶が残っている。

あたしは、それまでイタリアの町外れの裏道に住み着いていた。住み着いていたと言っても誤解はしないで頂きたい。現在で言う"ホームレス"的な意味ではない。そこに愛着があり、よく出歩いていただけ。

いつも家を飛び出してはそこに向かった。そこは少し寂れて人通りも少ないような裏道だ。人間から遠退くには、小さいあたしにとってこの路地は持って来いだった。迷路のように入り組んでいて、両側は背の高い住宅に囲まれている。昼間でも中々日が当たらないから、人もまともに通らない。たまに音がするのは野良猫が食糧を漁る音だけ。―――だからあたしはそこを気に入った。
親とも呼べないような、"人間の屑"から逃げるには充分過ぎる条件が揃っていたから。
薄暗い。汚い。人気が無い。
あたしの親を名乗る人は、いつも華美な恰好をしていた。お金が入ると、すぐ自分の欲求を満たすべく、有る限りのお金を注ぎ込んだ。しかし、うちにはお金なんて無限に無かったから、そんな生活をしているうちに借金がどんどん増していった。それでも彼女は生活を改めなかった。そして、どうしようも無くなったいらつきをあたしに向けてきた。あたしは訳もなく打たれた。意味などてんでない。彼女のストレスを発散させる為に彼女がそうしたの。あたしだって何度も抵抗したわ。だけどね、4歳の子供が大人の女性に力で敵う訳無いの。あたしはされるが間々。日に日に字が増えていったわ。

そんな毎日が続いたある日。あたしは彼女の目を盗んで家を飛び出した。行く当ても何も無いけれど、あの家に居るよりはマシだと思ったから。フラフラとさ迷ううちにたどり着いたのが、その裏路地って訳。彼女の嫌いなものが揃っていたから、見付かる心配も無かった。

今日もそうやって逃げてきた。誰にも会わないであろう、その路地に。
だけど、その日だけは違った。
突然、路地に数人の足音が響いて、目の前に根の優しそうなお祖父さんと、酷く不機嫌そうなまだ若い男の人。



「君が、ローザちゃんだね?」



お祖父さんはニコニコしながら、あたしに聞いてきた。



「君は、今の家が嫌いかい?」

 コクンッ

「ははは。そうかそうか。君は今、一人なんだよね?」
 
 コクンッ

「どうだい?おじさん達と一緒に来ないか?君の家よりかは、良い所だよ?」



初対面だったけれど、4歳のあたしは、とりあえず彼女から離れられればそれで良かった。だから、目の前の優しそうなお祖父さんと終始無言だった不機嫌そうな若い男の人にほいほいと着いていったわ。



今思えば、本当に馬鹿よね。"知らない人には着いていくな"って教える世の中だもの。だけど、あたしはあの場所から連れ出してくれたあの人達を今でも感謝してるわ。
なんでも、今のあたしが此処に在るのは、彼等の御蔭だからね。





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