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「ッ、」

一度噎せ込んだだけで後にひゅーひゅーと息をする***は、潰れた利き目と視力低下著しいもう片目で昆奈門が差し出した生首を見つめる
反応としては、唇を噛むような仕草をしただけで猿轡に阻まれ力もない
血がせき止められ変色した腕は全体重を支えて冷え切っていた

「組頭っ、」
「煩いよ、陣内。」
「しかし組頭!このま」
「う゛あ゛っ!」

ドスっという鈍い音で苦無が鎖骨を割り深く突き刺さる。抜けば出血多量であの世行きだろうか
その苦無を握ったまま、昆奈門はゆぅるりと山本を振り返り、そして底冷えする目を細めた

「うっかり殺してしまうから、静かにしてくれない?」
「っ、ですが、***は我々を裏切ったわけでは」
「だから?」
「ッぎ、ぁあ゛・・・あ゛、」

ぎしりと吊す金具が悲鳴を上げ、まるまるように足を微かにあげた***が焦点の合わぬ目のまま唇から涎を落とす
気を失ったのか、だらりと力が抜けた体の中心。股の間からは夥しい量の出血がみられ、昆奈門はべちゃりと削ぎ取った肉を床に落とした

「私は***にあまり待てないと言ったよ?そうしたら、逃げた。同じ場所から来たあの女をとったってことだよね。ねぇ、確かに***は殿を裏切ってない。確かにね?うん。でもさぁ・・・」

ぶつんと***を支えていた縄が切られ、石の床に叩きつけられた***は衝撃で意識を取り戻すも
目前に転がる自身の肉片と同郷の女の生首にそのまま目をつむる。きつく、謝罪するように

「許す許さないじゃないんだよ。私に向ける全てがあの女に?私が貰った全てがあの女に?そんなの、私が耐えられるわけがない。」
「***は道具ではないのだから、意思は尊重してあげたいと・・・私に仰ったではありませんか。」
「言ったね。言ったけど、どうも私は***を一人の人間として見てはいなかったみたいだ。」

垂れる***の少なくなった髪をつかみ上げ、晒した喉に苦無が食い込む
ぶつり。流れ出る血は床に落ちて随分前から汚していた***の血たちに混じって分からなくなった

「・・・ 、  ぁ、」

ぴくぴくと唇が動き、なに?と小首を傾げた昆奈門は肉を裂いていた苦無で猿轡を切り、力が上手く入らず呂律も回らない***の言葉に耳を傾ける

「 なも、ん、さん、」

それは微かで、潰れていて、掠れていて聞くに耐えない醜いもの
けれど、確かに昆奈門に向けた言葉

「ゆっくりでいいよ。」
「っ、・・・は、」

息を詰めて、吐き出して。まだ原型を留める目が昆奈門をしっかりと見た

「愛、 て、ま・・・す、誰より、あ、なた、・・・っ、を、」

唇の動きで辛うじて解る言葉に、昆奈門は漸く激情を抑えることができる
だが時すでに遅く、昆奈門の前には目は潰れ爪は剥がされ指は詰められ、おられてひしゃげた足を投げ出し、変色した腕はもう使い物にならないであろう***がいた

***が愛野を大木へ託そうとしていたのも、一人で突っ走ってしまうのもすべて知って尚、昆奈門は手を弛めるほど寛大ではない

「・・・あの女を、護りたいんでしょ?」
「か、 れる、ま・・・で、」
「帰れるまでだなんて、いつになるかわからないよ?」
「 たし、には、あ・・・なた、が、あの、ひ、とに・・・っ、は、 れも、いな、」
「・・・私から、離れ」
「い゛やだ・・・っ、」

潰れた叫びに、昆奈門の目は見開かれ、眉を寄せていた山本ははっとする

「い゛ぁだ、 なれ、たくな゛ぃ゛っ、」

涙が溢れて血と混ざり血の涙に変わった
それが頭のきでぐるぐるまわって、すとんと全部が落ちてしまう
ふっと冴えた視界に広がる光景は、昆奈門の指先まで冷たくし叫びたいほどの後悔が代わりに渦巻いた

「陣内、直ぐに***の手当てを、」
「いえ・・・組頭、もう」
「ああ、そうだね。判断が上手くできないみたいだ。」

瞳孔が開いたまま新たな涙を生産しない目はどこも見ておらず、昆奈門の指につかまっていた髪の毛に頭の重みがすべてかかっていた
そっとおろせば、息もしていないのがよくわかる

「・・・本当に愛しいと思っているんだ。」
「ええ。」
「私に愛されていないと、嫌われたと思いながら死んだのかな。」
「・・・私には、なんとも。」
「・・・陣内、私が・・・***を殺したんだよね?」

はいと言う代わりに目を伏せる山本に、昆奈門は***を抱き上げてやっちゃったよと強く抱きしめた

「とまらなくて、やりすぎちゃった。」

私も死にたいと呟いた昆奈門に、山本は余計になにも返さなかった




育ての親を尊敬し上司に服従し恋人に無償の愛を。そんな***と自分が同じ場所にいけると思えず、ならば自分が生きてる間だけでもと骸を埋葬せず骸が腐れば頭部のみを綺麗に飾り続けた
文字通り、自分が朽ち果てるまで