人身売買で買われ育ててくれた彼への、絶対的な感謝と恩義と尊敬とに変わりなんてない
事実身を切られるより痛く苦しい。さっきから何度も吐き戻し血まで混じる始末だ
本当にいいのか、正解なのかと急に泣き出したりと不安定で、それでも、まるで異世界に放り込まれたような衝撃を知っている
「・・・天愛羅。」
「んー・・・ふぇ・・・?え?***、どうしたのぉ?」
まだ夜中だよと布団の中でもにょもにょしている彼女に、私がいなくなってもやっていけるかと問う。途端にがば!と起き上がり目を見開いてこちらをみる姿に、どうしようか、心変わりなんてものではないと悟ってしまった
「・・・私、そんな、今更そんな!」
「静かに。」
「っ、***、だめよ***、私、今更***なしで生きていけるわけないよっ、」
どうして、私頑張ってるのになんで!見捨てないでお願い、私本当に頑張ってるの!
なんでどうしてと泣いて縋る姿が、請う叫びが、どうしたって自分自身と重なってしまう
そうだ、彼女は自分自身なんだ。見捨てれば、因果が廻りいつか自分が彼から見捨てられるのではと恐怖してしまう
なんて自分勝手で、けれど強い動機だ
「・・・私の恋人は雑渡昆奈門なんだ。」
「・・・う、うん、」
自分と違い女のまま成長途中でこちらへきた彼女は、文字通り天涯孤独。天涯孤独自体は珍しくはないが、普通のそれではない
「彼は私の育ての親で、直属の上司で、恋人で・・・私が絶対に裏切れない方、なんだ。」
「わ、私を、殺せって、い、いわれ、たの・・・?」
真っ青になって震えながらも離れるどころかより近づいた彼女は、もう天女ではなくただの少女
随分と周りの目も改善されたが、それでも異質な存在だ
「・・・まあ、そう、かな。」
「ッ!あ、あ・・・や、」
「っ、」
彼女を殺すか、彼女と逃げるか
殺すのは簡単だ、だが、それは自分を殺すことと同義。彼の立場に立たされた自分が自分の立場の彼女を殺して平常心でいられる道理もない
しかし逃げれば自分は抜け忍となりその追及は地の果てまで続くはずだ。堪えられるか、途中で共に命を落とすか
なら、ここで揃って死んでしまうのが得策に思えてならない
彼女の震える身体を抱き締め、ごめんと謝る
「私が天愛羅を殺すか、共にタソガレドキ忍者隊から逃げるか、共に今死ぬか。天愛羅を独り残して私が自害しても、天愛羅は多分に彼に殺される。」
「そんなのっ・・・」
「ごめん。ごめん、守りきれなくて、私、」
「お願いっ、逃げよう・・・?」
一番辛い選択なのはわかってる。でも、私死にたくない。***にも死んでほしくない。そう泣きながら支度を始める彼女は、本当に成長した
「・・・ある人に頼んで、全力で守ってもらえるよう手配する。」
「そんなの嫌!こんなに***を好きになっちゃってからそんなの私は嫌!」
着物を数着と贈った指輪と櫛。それを持った彼女に手をつかまれ、そして行こうと強く引かれる
天秤の壊れる音がした
愚かな選択だと理解している。取り返しのつかない愚行を犯しながら彼女の手を引く自分は、彼の敵へ向ける残忍さと冷酷さを知り尽くした上でその逆鱗に触れてしまっているだろう
知って尚は達が悪くけれど道を正してくれる彼を、自分は裏切ったのだ
「***。」
「天愛羅、抱えるよ。」
名前を呼ばれ、その殺気に彼女は竦み上がり自分はそんな彼女を抱き上げる
村まで後少しなのにと、背後から襲う殺気と凶器に目が眩みそうだ
「***っ、***、いいよっ、もう、無理だよっ、」
彼女を守って下さいといえば、彼女は多分家畜のように子どもを産まされる存在となって生かされるだろう
若く健康的な、そして知らないことが多い彼女の使い道など、それくらい
でも、助かるなら、彼女が助かるなら
例えばそう、キレた状態なら足止めできる
「***っ!もういいよ***!」
人一人抱えて走る限界か、肩を貫いた棒手裏剣に泣く彼女は、逃れるように暴れて腕から滑り落ちる
慌てて足を止めれば、天愛羅が前に立ち見逃してくださいと叫んだ
そんなこと、受け入れる方ならそれは彼ではない
「ーっ!***!!」
無言の刃をふるう彼から彼女を庇い、血が、と畏れる彼女に笑うことしかできない
無力で情けない。でも、彼女を見捨てるのはやっぱりできないんだ
殺すなんてもっとできない
ある村に信頼できる人がいる。その人に彼女を預けたかった
本当は逃げられるわけはないと知っていたが、忍術学園で先がないことはわかっている
だから、前年まで忍術学園の教師をしていた彼を頼ろうと思っていた
それが一番現実的で、そうしたら、あとは私が彼に深く詫びて命を絶つつもりでいたんだ
相談をしたなら、彼はきっと恋人可愛さに許してくれただろうが
相談をしないで一人抱え込んでしまう、悪い癖が最悪の形ででてしまった