待てど青紫‐4


 白石の階段を、鉄が打つ。
 膝を上げる度、携えた剣と足を包む甲冑が擦れ、奏でられる音色は冷えた空気を威嚇しているようだった。
 青に染まった髪が、青に染まった軍服の上を流れる。晴天の頂点と同じ青が、色濃い海の青に溶ける一瞬。たった一人の男が、この世に存在するはずのない絶景を身に宿していた。

「お呼びでしょうか、陛下」

 白壁に、金が泳ぐ。
 護衛騎士によって開け放たれた、天井を貫く扉の向こう。朝方多くの貴族や役人が訪れた謁見の間は、昼を跨ぐこの時間は閑散としている。
 最奥に据えられた玉座の前で、目映い金が揺れる。赤茶の外套を撫でる髪は、持ち主が振り向くと同時に光を撒いた。

「帰還早々、手間をかけて済まない。さあ、顔をよく見せておくれ」
「……御意」

 彼の人がこの国の頂点だと、示す証がまた一つ。太陽と月の明かりを凝縮させた、金色の髪。金色の瞳。右手に握る巨大な杖が、一度だけ石の床を打った。
 青髪の男は背筋を伸ばし、玉座に向かって粛々と歩を進めた。外套の裾まで後三歩。それくらいで足を止め、膝を折り、深々と頭を垂れる。

「只今、戻りました」
「おかえり。良かった、怪我はないようだね。生憎の曇り空だが、君がいてくれると晴天に劣らないよ」
「勿体無き御言葉。天の名を冠す陛下には、到底及びませぬ」

 晴天を映した青の髪、日光と月光を混ぜた金の髪。どちらも周囲から褒め称えられる美しさだが、その色に証明を宿す金の向こうには、誰もが別の輝きを見る。

「太陽も月も、空があってこそだ。君達がいなければ私は何の力も持たない。その証拠に、こうして、無理難題ばかり押し付けているのだから」

 腰紐から鞘ごと剣を引き抜き、男は頭上にそれを掲げた。赤子を抱くような優しい手付きで、漆黒の鞘を支える。

「それこそが路傍の礫でしかなかった私の使命。何なりとお申し付け下さい。貴方様の御命令があれば、礫は剣にも盾にも弾丸にもなり得ましょう」

 白魚のような細指が、黒に触れた。微かな重みを感じ取り、男は鷲のそれと見紛う鋭い瞳を主君へと向ける。
 必ずや、望みを貴方に。
 センシハルトの青鷲は、如何なる暴風もその翼で捉え、如何なる獲物もその爪で引き裂いてご覧にいれます。必要な物はただ一つ。血に濡れることのない指先で、示して頂ければいい。

「望みを、陛下」

 それだけで、青は空へ飛び立てる。

「私の騎士。ヴァルハ・ナインハーツ。帝国騎士団長の名に懸けて、必ず、色無を私の元へ届けておくれ」





 最初の旅立ちは、カトンの夕焼けだった。
 これは、二度目の旅立ちのように思う。
 当てもなく木々の間をさ迷っていた視線が、サンザへ向かう。いつもと変わらず床に座り瞳を伏せていた。それなのに、こうして意識を向ければ、面倒臭そうに瞼を開けるのだから心臓に悪い。

「何か?」
「……傷付いた?」
「有り難い助言として受け取っています」
「そ。じゃ、慰めなくていいのね」
「お気持ちだけで結構です」

 行きとは違い、今は山中の広い道を堂々と進める。黒獣はもう討伐されたのだ。その経緯を聞けば人々はコリンスに同情するだろうが、時間と共に、誰もが元の生活へ戻って行く。
 色無の力で全てが解決出来るはずもない。だが、進もうとする車輪から泥を払う手伝いくらいは、夢見てもいいはずだ。何処へ、何を思い、何を持って進むか。それは全て乗り手に委ねる。

「頑張るから。だから教えて。色霊のこと、黒獣のこと、ーークジェスと、センシハルトのこと」

 青空の下、確かに違う意思を持って、ユキトは進もうとしている。冷え始めていたあの日と違って、髪を梳くのは暖かな風だ。コリンスの屋敷も、手を振るエノウも、もうすっかり見えなくなってしまった。

「ーー知らないままじゃ、踏ん張れない」

 深い青紫に染まった薔薇が、答えるように花弁を揺らした。





第ニ章・渭水尽赤 END


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