彼等の色‐2


 何より気になるのは目元の変化だ。今は色眼鏡の代わりに一般的な細い眼鏡をかけている。初めて見るその切れ長な双眼は微笑むように細められ、知的さと柔和さを同時に醸し出していた。
 目元を隠し、真っ赤な服に身を包み、明るく振る舞っていた姿からは想像もつかない。
 上質そうな黒い上着を羽織り素顔を晒したイルクシュリは、やり手の商人――もしくは優秀な文官に見えてしまう。

「……それが普段の格好?」

 何だかとても高貴な人間と会話している気がして、ユキトは肩を竦めた。

「違う違う、今日は仕事があってネ、変装でス」
「そうですよ。イルクシュリはあの悪趣味な色眼鏡が標準装備ですから」
「そこ余計なコト言わないノ!!」

 勢い良くサンザを指差し、イルクシュリはベッドから飛び降りた。
 立ち尽くすユキトの頭を軽く叩き破顔する様は、容姿が変われど記憶に残るイルクシュリの物だ。素顔を見せた今の姿が「変装」とは、何とも奇妙な話だが。
 肩から緊張が消え行くと共に今度は疑問が首をもたげて来る。

「仕事でそう言う服着るんですか?」
「あー、うん。王連院の動向探りたくてネ、ちょっと前から幾つか晩餐会に顔出してるノ。その為の変装だヨ」

 ドレスを自慢する女性のようにその場で一回転すれば、空気に乗って上着の裾がふわりと広がる。
 成る程、それでこんな良い身形をしていたのか。この姿ならどんな晩餐会にだってすぐ様馴染んでしまうだろう。
 隣に並ぶイルクシュリを見上げれば、眩いばかりの笑顔が返って来る。

「さっ、俺の話はどうでもいいノ! ユキトちゃん腕の調子はどう? ちゃんと治っタ?」

 小首を傾げる様は今の姿に不釣り合いだが、指摘しても仕方ないので大人しく左腕を差し出す。
 四日前、鳥の黒獣に掴まれ負傷した左手。黒獣の爪の分だけ刻まれたはずの裂傷は、綺麗さっぱり消え失せていた。

「やっぱり! 良かった、痕も残らないで消えてるネ!」

 イルクシュリは勢い良く掌を打ち合わせ、その後小刻みに拍手した。喜ばれているのだろうが、しっくり来ない。ユキトは自らの左腕をまじまじと観察した。
 ――そう、消えた。本来ならかさぶたが出来て、日をかけ回復して行くはずの傷が、翌日には痕も残さず消滅していたのだ。
 そこまで深くはなかったし、イルクシュリに消毒され包帯を巻いて貰いはしたが。だからと言って一晩で消えるような物でもない。何事もなかったかのように動く左手に、最初はただただ驚愕した。
 サンザ曰わく。これも、色霊の力が影響しているらしい。
 色霊は魂その物に宿る力であり、それが発現することにより自己治癒力も少なからず向上するのだ、と。
 もちろん色霊師が皆不死身になる訳ではなく、今回異常な早さで傷が回復したのは、恐らくユキト自身が色霊を制御出来ていないせいだ、とも言っていた。
 今ユキトからは本来内側に留めておくはずの力まで漏れ出している。自覚などないが、知識のない身ではそうなのだと無理矢理納得するしかない。

「こんなコトまでやっちゃうの? 色霊って……」

 譫言のように、無意識のまま呟いた感嘆は、最早恐怖に近い。
 傷が独りでに癒える。そんなおとぎ話のような異常が、自分の身体で起こるなんて。
 サンザの言葉を思い起こしていると、いきなりイルクシュリが顔を覗き込んで来て、半ば仰け反るようにして身を引いた。目を見開くユキトに、気の抜け笑みが向けられる。

「ちょーど良かっタ、じゃっ、せっかくだから何処まで色霊のコト聞いたかお話して貰いましょーカ」
「え、は?」
「まあ要は今持ってる色霊に関する知識を全部教えて下さいってことでス。自分で説明するのもいい勉強になるしネー」

 イルクシュリの後ろで、サンザが苦虫でも噛み潰したかのような顔をしている。本を閉じ椅子から立ち上がると、それを思い切り突きイルクシュリの尻へと衝突させる。

「いったイ!!」
「自分の部屋に戻っています。無駄話が終わったら呼びに来て下さい」
「いやいや待ってちょうだいヨ、サンザも聞いてっテ!」
「えええヤダっ、サンザに聞かれたらどんな嫌味言われるか分かんないじゃない!!」
「……じっくりお伺い致しましょう」
「何で引き留めるのイリさんの馬鹿ぁぁぁ!!」
「待って君達会ってまだ四日だよネ? 何でそこまで関係ねじれてるノ?」

 ねじれるも何も、最初の――いきなり押し倒され凶器を突き付けられた出会い方で、良好な関係を築ける方が奇跡だろう。
 サンザはベッドに腰掛け、嫌味ったらしくその長い足と腕を組んだ。何なんだこれは、まるで品定めをする人買いのようだ。脂汗が頬を伝う感触でユキトの顔は更に歪められた。
 促されるままサンザが投げて寄越した椅子へと腰を下ろすが、全く気持ちは落ち着かない。

「余計なコト気にしなくていいかラ。この四日間でさ、サンザと多少は色霊の話したでしょウ? 後、本も読んでくれたかナ? まあどっから仕入れた知識にしろ、俺が全く色霊のコト知らない人間だと思って、分かるようにユキトちゃんなりの言葉で説明して下さイ」

 知的な印象で埋め尽くされたイルクシュリにそう言われると、学校で授業を受けているのかと錯覚しそうだ。
 出来れば、こちらが説明するのでなく、イルクシュリから現在の状況や未だ残る疑問の答えを説明して貰いたいのだが。
 優しく見下ろして来る橙の瞳が、逃げ場はないぞと無言で主張して来る。生唾を一度飲み込むが喉は全く潤わない。それ所か、喉の鳴る音が更に緊張を助長してしまった。
 このままでは進展しない。えぇいままよ、と、意を決し息を吸い込む。

「……色霊は、人の魂に宿る力が、色になって外へ現れた物、で、いいですか……」
「合ってるヨー俺の反応気にしないで続けてネ」

 そんな無茶な。真っ先に浮かんだ返答は何とか喉元でせき止める。

「使えるかどうかはその人次第、使えるようになった場合色霊師と呼ばれて、それぞれ一色自分だけの色を持って、……強くなる、そうです」
「……ふっ、」
「え、今笑いました?」
「ううん無表情でス、続けて下さイ」
「……、……で、それで……使えるようになれば、それで武器作ったり、物を強くしたり……人によっては他人の傷を治したりも、出来る」
「うんうん」
「私の色霊は普通とちょっと違って色を持たない! 以上! 終わりです!」

 膝に手を打ち付けお開きの意志を表示した途端、額に鈍い痛みが走った。紙同士擦れる音を奏でながら、足元に分厚い本が落下する。
 この四日間でもう充分認識した。人が失敗した時、面倒臭がって何かを省いた時、容赦なく暴力で制裁する男の名を。

「――っっサンザぁ!! いい加減その文句が物理的な攻撃に直結する性格どうにかしなさいよ!!」

 勢い良く立ち上がったせいか、椅子が大きな音を立て床に転がる。だがユキトはそんなことお構いなしに鼻息荒く反論を続けた。

「何か不満だったの!? ちゃんと説明したじゃない!」
「ハァ……? アレ、が? ちゃんと? 説明、した? 一度イリの銃に頭ブチ抜いて貰いなさい。私が散々説明した「混色」「彩水」「五原色」「色型」のことをちっとも話していないでしょう。それとも、全て綺麗さっぱり忘れてしまったとでも? なら尚更ですね、イリ、」
「まだ返事してないぃぃ!! 説明して貰ったのは覚えてるけど、そんな細かい部分まで全部理解なんて……!」

 大股でサンザの元へ詰め寄るが、今にも眠ってしまいそうな生気のない瞳は健在だ。この瞳に長く見詰められると、いきり立つ自分が滑稽に思えて来る。
 胸倉を掴もうとした腕は簡単に跳ね除けられた。だが、それで怯むようなしおらしい性格でないと、自分が一番よく理解している。
 鼻の頭をつねって来た大きな右手に、思い切り爪を立ててやった。だがそれは深く食い込むこともなく、イルクシュリによって引き剥がされた。

「コラ――また喧嘩し始めル! 今はユキトちゃんが何処まで理解してるか確認してるノ、内容までは追求しなくていいノ!」
「ほらぁイリさんだってこう言って、」
「にしても、ユキトちゃん、あの説明はちょっと大胆過ぎるヨ」

 張ろうとしていた胸が一気に縮こまった。
 怒られたとは思えないが、呆れられているのはよく分かる。

「ま、本当の基本は理解してくれてるみたいだけド。これからもうちょっと詳しい部分まで覚えて行きましょうネ」

 人差し指を口元で立て、片目を閉じる。
 いたずらっ子がするような動作を、品の良い身形をした大の男が行うのは、ユキトから見て少々不自然な光景だった。
 向けられる視線の意味に気付いたのか、イルクシュリはほのかに頬を赤らめながらわざとらしく咳払いした。

「だから色眼鏡取るのヤなんだよネ……」

 ポツリと落とされた呟きは、微弱な物であったがユキトの耳に充分届いた。
 首を傾げ、何のことだと無言で疑問を投げかけてみれば、イルクシュリは瞠目しまたまたあからさまな咳を一つ零す。

「うん、とにかく、ユキトちゃんばっかりに喋らせてゴメンなさいネ。今の時点で分かってるコト報告しますかラ」

 どう考えても話を逸らされたが、報告と言う単語はユキトの興味を強く惹き付けた。つい先程、説明するのではなくして貰いたいと胸中で抗議した所だったのだ。申し出を遮ってまでイルクシュリの呟きを言及する必要はない。



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