第二話「迷える手駒‐1」


 何が違うと言うのだろう。
 そう問えば、格好の餌食となる。生まれ持った物のお陰で優遇されて、保障されて、ズルい。色々小難しい言葉を並べ立てているが、結局はそう言うことだ。
 自分にないアレが欲しい。それでも手に入らないから、悔しい。素直に言えばまだ可愛げがある物を、過半数の代表面して、拙い建て前を朗々と読み上げる物だから余計腹立たしい。
 ただでさえスクランブル発進直後で息が上がっていると言うのに。空へ飛び立って行ったパイロットが、何を背負うとしているのか、知らないとでも言うのか。

「まあ、確かに違うわな。テメェ等とは覚悟が違うよ」

 目線も合わせないまま、作業を続ける。発進させて終わりではない。帰って来て、生きていて、使わずに済んだ装備を整備してやっと終われる。
 背後から聞こえる雑音は、戦闘機のエンジン音よりずっと小さいのに。どうやったってしつこく鼓膜にこびり付いて来た。
 曲げていた膝を伸ばし、雑音の音源と向かい合う。いつも浮かべている笑顔を消せば、途端に息を飲む音が加わった。これくらいで退くなら、最初から向かって来るな。

「違う人間だって思ってりゃ、空で死んでも他人事に出来るしな?」

 それでも、その他人の為に彼等は飛ぶんだ。
 涙さえ溶け出すあの大空へ、赤い血の流れる身体を犠牲にして。








 どうしてパイロットになったのか。聞かれれば、「なれたから」と答える他ない。
 航空学校に入学して、戦闘機パイロットの適正テストに合格したから、そのまま。
 血反吐を吐いてもまだ足りないような訓練を乗り越え、一般空軍飛行部隊への入隊が決まった時は、それはもう喜んだ。戦闘機に乗るんだ。安全なんて保障されないし、死ぬのは当然のように怖い。それでも、空路が世界の要となったこの時代、誰しも一度は戦闘機パイロットに憧れる。
 そんな大多数の憧れを手に出来たのだ。初戦からいきなり死にかけたとは言え、尻尾を巻いて逃げ出す気になんてならない。アルベルトにだって言われた、「死にたくないなら努力しろ」と。これからだ。これから、この飛行部隊で訓練と実戦を積み重ね、パイロットとして成長して行く。

 よくある小説や映画なら、それが王道だろう?
 引きつった口角から、そんな悪あがきが漏れそうだった。

「フェルディオ・シスターナくんで間違いないね。これからちょーっと尻の穴から爪の間までガッツリ調べさせて貰うから家族に電話でさよなら言っといて」
「いやあああああああ」

 こんなコトになるなら、通常訓練に戻って、ゲロを吐いてる方がまだマシだ。
 狐みたいに細い目をした男は、どれだけ暴れてみても笑顔を崩さない。それどころか、右手はしっかりフェルディオの襟を掴み続けている。

「話が違いますよー!! 俺、今日から普通に通常軍務に復帰って、」
「そうなの? まあコレも軍務の一環だよ」
「どの辺りが!? ケツの穴調べられるのの何処が軍務!? 俺んなアブノーマルな軍の為に命懸けてたの!? ヤダー!!」
「そんなに嫌なら女医さんにしよっか?」
「おっ、ふ……マジ……、いやいやいや騙されませんよ!?」

 女医と言う単語に一瞬揺らいだ、思春期の煩悩が憎い。
 IAFLYS第一分隊副隊長、ジャン・ル・リッシュと名乗った青年は、人の良さそうな笑顔とは真逆の、一縷の望みも費えた発言を繰り返す。
 つい昨日、第一分隊隊長と会話したばかりなのに。今日は副隊長か。
 それにしても人は見かけによらない。外見だけで言えば、アルベルトの方がよっぽど強面だが。やることは明らかにジャンの方がえげつなかった。
 朝一番で寮の部屋を訪ねて来て、有無を言わさず車に押し込んで、こんな軍属研究所まで引きずって来るなんて。
 もう嫌だ、胃が引きちぎれる、叫んでみても「大丈夫だよ繋げれば」と返って来る始末。震える唇で名を呼べば、優しく微笑み首を傾げる。頼むから表情と発言を一致させてくれ。怖い。

 真っ白に近い無機質な廊下を、引きずられるようにして進む。
 研究所に立ち入るのは初めてだ。ここには、軍に関係する全ての研究施設の窓口が集められている。一部の研究室は併設されていて、何やらフェルディオには到底理解出来ない実験を日々繰り返しているらしい。
 研究所で身体検査。嫌な予感しかない。何の為の検査なのか全く説明がされない辺り、余計に怪しい。
 自分は「特異細胞保持者」ではない。ここ最近体調を崩してもいない。滅んだ一族の末裔でもない。考えても考えても、フェルディオは尻の穴まで調べられる理由を見付けられないでいた。

「リッシュさん! 逃げませんから一旦離しましょっ、ね!」
「えー、だってアルベルトから言われたんだよ、アイツすぐ走るから捕まえとけって」

 駄目だ、完璧に「何かあったら絶叫して走り出す」キャラが立ってしまっている。今更過去の失態を悔いてももう遅い。
 項垂れ、抵抗を諦めれば、比例するようにジャンも右手の力を緩めた。

「ま、ホントに検査する訳じゃないから。ちょっとしたテストがしたいだけ」

 そう言われて、はいそうですかと信用出来るか。そんな悪態も心の中だけ。口に出せるはずもなく、ただただ視線だけで疑念を伝える。
 それでも、ジャンは笑うだけだ。どれだけ抗ってもまるで手応えがない。

「ほ、ホントに、テストだけなんですか……?」
「結果次第じゃハードな方に移行だけど」
「ほらああああ全然大丈夫じゃねーじゃんかよ馬鹿――!!」

 研究所の入り口から、第三検査室とプレートが掲げられた部屋まで、およそ五分の道のり。
 その間三回転び、七度叫び、四度壁に衝突し、一回エレベーターの扉に挟まれた。ジャンが何かと動揺させて来るせいだ。どうやら自分は完全に玩具扱いされているらしい。

「ここで俺は……うぅ……」
「ちょっと僕相手に嫌な想像しないでくれる? 本当にテストだけなんだって。さ、そこ座って」

 そう言ってジャンが細い指を向けたのは、簡素なパイプ椅子だった。
 襟の拘束が解かれ、自由になる。出来ることなら逃げ出したかったが。そんなことしたら、それこそ尻の穴の犠牲だけで済まなくなりそうだ。
 意を決し、勢い良く椅子に腰掛ける。勢い余って臑を机の足にぶつけた。最早泣く気も起きない。
 壁には子供が描いたような、派手な色使いのイラストが何枚も貼られていた。ジャンが漁る棚には、様々な本やオモチャが乱雑に押し込まれている。後は、フェルディオが腰掛けるパイプ椅子と白い机だけ。まるで小児病棟の待合室だ。

「……ここで何するんですか?」

 まさか本当に。口にしようとした悲観は、振り向いたジャンの微笑みで遮られる。

「言ったでしょ。ただの、簡単なテストだよ」



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