第十話「それでも。‐1」



 IAFLYSは各五名前後の分隊に分けられているが、特殊な任務や、それに当たる隊長会議は五分隊単位で区切って行われる。
 そう言った特別な事態でなくとも、定期的に合同会議で集められる。だから何も、珍しくはないのだ。だが今回の「会議」は、見慣れた顔ぶれだと言うのに、今までにない緊張感を孕んでいた。

「それじゃあ全員揃ったことだし、始めようか」

 召集された分隊長の中で、最も年上でありながら、最も年下に見られる第五分隊隊長、サシャ・カナギ。その女性と見紛う程細い指が、モニターに映し出された地図を指し示す。

「今回は特別中の特別で、地上任務もIAFLYSが担当することになった。ただし、あくまで秘密裏になので、分隊長以下が派遣される。分隊長は航空部隊配属だよ」

 ーー要は、何かあっても切りやすく、仮にそうなっても部隊に大きな損害を与えない立場の隊員が、より危険な地上任務に割り当てられるのか。
 堂々と地上行きを宣言した、ジャンの腹立たしい表情がハッキリと浮かぶ。妙に清々しく開き直っていたあの表情は、アルベルトに不安しか与えて来ない。

「と言うコトは、アレか。陸軍辺りも怪しいのか?」

 この中で唯一の女性分隊長、クレオ・ベルトッキが、会議中とは思えない気の抜けた態度で問いかける。だが、答えなど誰にも求めていないのだろう。ヴィオビディナ王族側から強く、IAFLYSだけでの任務遂行を要求された。それだけでもう、推測は事実へと姿を変える。

「そう見ても不自然ではないだろうね。ーー僕達が追い求めるべき物ではないけれど」

 地図を並べ、サシャの説明は続いた。

「通信施設奪還任務の進行具合に合わせて、僕達航空部隊も出撃する。目標はエラント。あくまで迎撃だから、相手が飛んでくれないことにはこちらも動けないんだけれどね」

 今回の任務で、国防軍・エラント・ヴィオビディナ三代勢力の、危うくも保たれていた均衡が瓦解する。末端まで詳しい内情が行き渡らなくとも、結果は自ずと付いて来るだろう。

「後手後手に回らなければならない上に、相手の目標は通信施設もろともIAFLYSーー敵を爆破、僕達の目標はそれの阻止。攻と守なら、失う物のない攻の方が厄介だ。捨て身で突入されるのを覚悟しておいた方がいい」

 パイプ椅子より多少快適なデスクチェアに頭を預けると、アルベルトは最小の動作で天を仰いだ。
 これで終わる。全てではないが、少なくとも一部は、確実に。なのに感慨深さより怒りが先に湧いて来る辺り、自分の頭もまだ冷え切っていないようだ。
 ダンテは隣で悠々と資料を眺めているが、鼻っ柱では、部下から喰らった一撃の痕が存在を主張している。

「哨戒機と空中給油機の配備は?」
「ヴィオビディナの領空だからね、難しいよ。空中給油機はギリギリの位置に待機させる予定だけれどーー下手に接近させて撃墜されたらそれこそ大惨事だ。通信施設ごと、僕達の仲間は跡形もなく吹き飛ばされる」

 顔面を襲った大惨事の跡形を擦りながら、ダンテが「物騒なことで」と独りごちた。相変わらず口角は上がっているが、全くそんなこと微塵も思っていなさそうな気配が伝わって来る。

「痛そうだけれど、ダンテ、色男はそれすらも様になるね」

 普段通り芝居がかった口調で会話を切り出し、第四分隊隊長、ファツィオ・タンビーニは肩を竦めた。ガッシリとした威圧感のある体格とは対照的に、浮かべる笑顔は和やかだ。
 気遣いか嫌味か、何とも見極め辛い発言にも、顔中に三日月を貼り付け、ダンテはにんまりと笑う。

「ファツィオ隊長には敵いませんよ」
「言うようになったねぇ、何人天使達を泣かせて来たんだい? 最近あまりその話を聞かないなあ」
「なんかもっとこう、ちょっと、何かないのか、援助的なの! ヴィオビディナ王族と向こうの保守派にも兵はいるだろう」
「そっちを動かせばヴィオビディナ軍部と革新派に勘付かれる。分かって欲しい。もちろん後々の援護は手配されるだろうからーー」
「あーうん分かってる、分かってるがー私の可愛い部下も召集されかねないんだ、文句くらい言う権利はあるだろー」
「クレオ、足バタバタさせるの止めなさい」

 ダンテとファツィオ、クレオとサシャ。それぞれの、作戦会議に似付かわしくない気の抜けた会話を聞き流し、アルベルトは手元の資料を熟読した。
 分隊長は航空部隊配属ーーこれは間違いないようだ。アルベルト、ダンテ、クレオ、ファツィオ、サシャの他に、ボックスやワイズの名前もある。地上部隊はまだ調整中なのか明らかにしないつもりなのか、召集メンバーに空欄が目立ーー

「……おい」

 ダンテの袖口を引っ張っていたのは無意識だった。子供のするようなそれに、目を見張ったのはダンテだけではなかったのだけれど。今のアルベルトに、周囲を見回す余裕はない。

「何だ気色悪い、」
「ダーンテ。君は、相変わらず他人事みたいな顔してるねぇ」

 ファツィオが指差した箇所と、たった今アルベルトが目を通した箇所は同じだ。ダンテも二人の様子で何かを察したのか、口元と逆に向いた三日月の瞳をゆっくりと下げ始める。

「クレオのだけじゃない。君の可愛い部下も、そこにいるだろう?」




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