第十話「それでも。‐2」



 何もジャックファル一人ではない。
 ほとんどの隊員が十八歳までには航空学校を卒業する昨今、未成年のIAFLYS隊員などそこらに転がっている。その中で選ばれてしまった理由は、チータの弟だからだろうか。
 悲劇のテロによって空へ導かれた、外見も立場も過去も祭り上げるにはピッタリの戦闘機パイロット。彼の弟であれば、“何かあった”際の民衆からの同情と非難はより強くなる。

「未練がましく追って来て、挙げ句人質紛いの扱い受けてりゃ世話ねぇな」

 ジャックファルを嘲りつつ、少年は小瓶からその髪色によく似た青緑の液体を啜った。ジャックファルもたまに世話になる栄養剤だ。とにかく臭くて苦い。配合された栄養素より、その不味さで眠気が吹っ飛ぶと噂される程度に。

「何徹目だよアーヴァイン……溝に捨てられたウォーバーベアみたいな顔してんぞ」
「排水溝に流された陰毛頭が喧嘩売ってんじゃねぇ」

 アーヴァイン・シュトラウス。二年前、僅か十四歳で技術開発部主任にまで上り詰め、今なおその地位を守り続けている天才児だ。十六歳とは思えない程達観し、冷静に状況を見定めている。

「ウジウジ兄弟喧嘩続けてる湿った陰毛野郎に何言われても効かねぇよ」

 シリアルバーをまるで煙草のようにくわえ、アーヴァインはベンチの背もたれに全体重を預けた。

「アーヴァイン……お前相っ変わらず口わりーな……」
「うるせぇ相手ぐらい選んでる。ここ最近寝てねーんだ、少しは気遣え」

 アーヴァインもヴィオビディナに派遣される。ジャックファルのような囮紛いでなく、確かな能力を持つ技術者として求められたのだ。

「ルーカスさんは何も言ってねぇの」
「言うも何も二週間会ってねーよ。電話も多分繋がらねーんだろ、かけてねーけど」

 空へ放たれる機体の叫びを聞きながら、二人の少年はしばらく沈黙を満喫する。
 アーヴァインが今血眼になって取り組んでいるのは、十中八九ヴィオビディナでの任務に絡んだ何かだろう。調査隊に参加しろと命じられただけのジャックファルには、内容を推察することも出来ない。

「そもそも俺は俺の仕事があってヴィオビディナに呼ばれたんだよ。別に所属の違う親父と連絡取り合う必要ねぇだろ」
「ドライだな」
「自立してるって言ってくれ。軍での研究選んだ時点で、仕事全うする覚悟は出来てんだよ」

 覚悟。どうやっても、この単語は巡って来るのか。
 過去の、いや、今の自分にも、そんな物備わっていなかった。兄ーーチータの背を負う覚悟も、家族を苦しめる覚悟も、道化に徹する覚悟すらなく。他人の真っ直ぐさやしなやかさに憧れ、勝手に心を乱されて。
 フェルディオも、ビセンテも、普通に接してくれる。でもそれはジャックファルが望むからだ。本当なら、チータと殴り合ったあの日のように、心からの言葉を願っているのだろう。
 分かっていながら応えられなくて、ーーいつまで経っても一番を求められない。

「仕事を全う、ってよ……もしもの話だけど、もし戦闘機がなくなったら、アーヴァインはどうすんの?」

 ぐしゃり、軽い音が隣で爆ぜる。
 シリアルバーの空箱を握り潰したアーヴァインは、肘を太股に乗せると、わざとらしくうなだれた。

「泣いて喜ぶに決まってんだろ。戦争の道具だぞ」

 馬鹿な質問を詫びる前に、油断していた脇腹へ容赦なく拳が突き立てられた。しかもしっかり栄養ドリンクの空瓶を握っているのだから始末に負えない。

「テメっ、それっ、一番いってぇトコ……!」
「あーもういい、湿っぽいのが移る。いつものトリオで固まっとけ」
「……トリオ? 何それ」
「朝昼晩トリオ。フェルディオとビセンテとお前。配色が上手いこと朝昼晩だろ。有り体に言や、まあ悪口だ」
「何だそりゃ、そもそもトリオって言う程一緒に行動してねぇよ……!」
「時間の長さより目立つかどうかだろうが。お前等三人が集まるとうるさくて嫌でも目に入るんだよ」

 いつの間にか一まとめにされていた三人が、散り散りになる。わずかな期間のはずだが、与えられた任務の内容を鑑みると、それは永遠に延長されてもおかしくない。

「ジャックファル、お前明日にはここ出るんだろ。今更何かしろとは言わねぇけど、あの二人には何か言ってった方がいいんじゃねぇの」

 今フェルディオは空の上だ。よりにもよって分隊長に訓練の相手を申し出たのだから、帰って来た時の顔が楽しみだ。
 ビセンテは、滑走路の脇で、ジャンと並んで空を見上げている。あの姿を背後に回って見上げれば、今の彼女は、空に溶けて見えるのだろう。

「……言える訳ねーだろ」

 本当に自分達が、移り行く空を表せるのだとすれば。
 熱を持つのは朝と昼の鮮やかな色だけで。
 夜は、暗闇の中何処に向かえと言うのか。




[ 67/71 ]

[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -