第九話「嘘つき達の空中戦‐7」


「ヨニくんヨニくーん。どう? 僕達と仲良くしてくれる気になった?」
「パパー買い物行くんでしょ車出してー」
「ちょっと待って、お父さん今大切なお話してるの。必死に若い子口説いてるの」

 若干歪曲させて伝えれば、幼い我が子達は面白いように反応し、嬉々として告げ口しようと母の元へ走った。ちょうど、浮気だの不倫だの、少し背伸びした話題に食い付く年頃だ。
 呆れに満ちた溜息が、リビングと電話の向こうから同時に聞こえて来る。長年のパートナーも、優秀で有能な部下も、オーブリーに対しては随分と辛辣な物だ。

「うん、そう四人四人。一番下の子で今、……あ、興味ない? そう」

 今日を逃せばしばらく本部に缶詰だろう。思いの外はしゃぐ息子達を見て、多少無理をしてでも戻って来て正解だったと確信する。籍を入れていなくても、自分達にとってはこれが平生で、家庭の暖かみだ。
 ヨニも早く家庭を持てばいい。彼ならきっと、良き夫にも父にもなれる。

『こっちは色々と大変だったんですが、特にIAFLYSの馬鹿共』
「そこらで喧嘩しまくってたんだって? いやー物騒だね、やっぱり一般空軍のがいいね! ね!」

 幸せかどうかはこの際別として、誰もがそれなりの家庭を持っている。一般的には、だが、だからこそ彼等が異端なのだ。何かもがあまりに劇的で、あまりにも必死過ぎる。各々理想を抱くのは大いに結構だが、一般市民が付き合う義理はないだろう。
 自分と同じように、一般家庭で平穏に育ったヨニなら、理解してくれると思ったのだけれども。

『いいか悪いかは別として、確かに、俺が理解出来るのは一般人の方ですよ』
「お、お? もしかしていい返事?」
『ーーえ? ああ、いえ。やっぱりまだ、怖いので』

 迷いの理由は家族か矜持か。ならば、いっそこちらから先にコンタクトを取ってしまおうか。
 思案し始めてすぐ、電話の向こうでヨニと別の声が重なった。今基地内にいると言っていたから、誰かが声を掛けて来ても何ら不思議はない。
 「大丈夫?」と申し訳程度に声をかける。恋人にしろ上司にしろ、上級司令官との会話より優先させるはずは、ないと確信しているのだが。

『大丈夫ですよ、「上令」。そもそも俺、こんな面して平和主義者なんで』

 上令、と口にしながら、今のは明らかにオーブリーではない誰かに向けた発言だった。
 滑らかだった思考が一気にささくれ立つ。ついさっき、呑気に「ヨニは良い夫にも父にもなれる」などと考えていた自分を、指差して笑ってやりたい。
 基地内にいるヨニが、上令と呼ぶ対象。脳が情報を処理し切る前に。
 一度聞けば忘れられないと評判の、高さも低さも一緒くたに含んだ、「彼」の声が耳朶を揺らす。

『休日にまで仕事の話とは、二人共ご苦労様です』
『それ、ツァイス上令に言われたらお終いですね』

 ーーやっぱり僕達仲良く出来そうだね。
 想定外の出来事にすら、焦りよりも高揚感が先立ってしまう。人のことを異端だ異端だと嘲っておきながら、この有様だ。
 思わず溢れた笑い声に、「お父さん一人で笑って変」と、容赦のない断罪が重なった。







 だから言ったろ。
 ざまあみろ。







 並び立ち進む姿は、嫌でも周囲の視線を集めた。

「何とか穏便に行かない物かなあ」
「全く、顔に似合った発言しかしないね君は。ーーああ、クレオ! おはよう、朝から君に巡り会えるなんて最高の一日の始まりだよ!」
「おはよう。と言うか、会議なんだから会って当然だと思う」

 徐々に徐々に、朝焼けが薄らぐ夏空のように、鮮明な青が集い行く。三者三様と表するに相応しい光景だ。IAFLYSの分隊長と言えば、見た目も経歴も余りに悪目立ちする、あのエースパイロットを誰もが思い浮かべるが。
 彼は、空を知ってまだ六年。
 ここにいるのは、その倍以上の時間を、より深い空に捧げて来た者達だ。

「今回の人選は……やっぱり第一の二人は難しいかあ」
「可憐な天使達に基地を守って貰えるんだ、むしろ頼もしいじゃないか。僕達だって百人力だろう? そもそも第二だって、参加出来るのはダンーー、おぉっと?」

 用意された資料を読み進める度、「うわ」だの「ああ」だの騒がしい。嘆きと諦めと平常心が入り混じった空間で、三人は残りの分隊長が到着するのを待った。

「これは……大丈夫、かな? 隊長に話くらい通して……」
「あのユージーンが? やる訳ないだろ。そして私はルーカスに呼び出されているんだがどう思う?」
「ーーやっ、やったね! 男性からのお誘いだよ!」
「サシャ、言うならせめて目を合わせてあげな……」

 ーー若いって、まぶしいねぇ。と、誰ともなく呟けば、過ぎ去った日々が思い起こされる。
 この場にいる全員がかつて舐めに舐めた苦渋だ。そこに、まだ若い彼等がどう挑んで行くのか。期待も不安も、第三者が勝手に抱くなどおこがましい。

「いいじゃないか、やらせてやれば」

 近付いて来る二つの足音に、自然と口角が吊り上がる。
 開かれた扉。迎え撃つ思惑。衝動のままに、理性を携えそれでも尚決意したと言うのなら。

「アルベルト、ダンテ。待っていたよ」

 若僧共のイレギュラーくらい、全部面倒見てやろうじゃないか。



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