第九話「嘘つき達の空中戦‐6」


「オメーふざけんでねーぞ、見たか俺のほとばしる鼻血」
「そんなモン出てたか?」
「ユージーンから肘貰った時盛大にな! おまけにジャックとチータの兄弟喧嘩にも巻き込まれっしよ! どーなってんだ最近のわけー奴等は!」

 ジャックファルやチータはともかく、ユージーンとは三つしか離れていないだろう。そんな指摘をぶつければクォーツは更に激昂した。
 全く、誰も彼も浮き足立っている。由々しき事態だ。ヴィオビディナと言う巨大な不穏因子が、個人の傷口まで化膿させているのか。ダンテは痛む鼻筋をさすりつつ、クォーツが落ち着くのを待った。

「とりあえず、止めに入ってくれたことには感謝しておく」
「怒らせるよーなコトしたんだろ隊長さんよー」
「冤罪だ」

 クォーツはヘッドセットを装着すると、再び標的を模した的と向かい合った。
 続いて、発射音が一度。的の中心を易々と射抜く腕前に、ひとまず賞賛の拍手を送っておいた。

「んで、いつだ? 正式に作戦発表されんのは」
「隊長会議が明日入った」
「ぐおー急だべなー……や、どうせ上層部にとっちゃ急でねーんだろうけどよー」
「どう見てる?」
「……軍内部だけっつってもよ、ここまで調査隊のヴィオビディナ行きを堂々と公表してんなら、……組んでるのはヴィオビディナなんでねーの?」

 よくよく的を見れば。着弾の後がグルリと一周し、ーー見ようによっては、D、と読めなくもない。銃弾で文字を描く芸当に舌を巻くと同時、以前クォーツが、「ムカつく奴がいる時は射撃に没頭する」と発言していたのを思い出した。
 ちなみに自分の名前はダンテだ。嫌と言う程自覚している。

「お前……陰湿だな」
「は? ダンテに言われたくねーし」

 この腕前だ。特異細胞さえ発現していなければ、陸の特殊部隊に引き抜かれていたかもしれない。

「つーか話逸らすでねー。今回の作戦のこと薄々勘付いてて、ヴィオビディナに志願したんだべか」
「まあな」
「そらキレるわ。ユージーンもキレるわ。むしろ頭突きと跳び蹴りで済ませただけ良心的だわ。冤罪ってどの口がほざいてんだアホったれ」

 二度、三度、射撃が繰り返された。広い訓練場だが、就業時間外となっては閑散としている。一通り八つ当たりを終えたのか、クォーツは銃弾を装填し始め、目も合わせないままダンテの名を呼んだ。

「オメーよー。何で志願する前に、ユージーンに話さなかったんだべ」

 やはり視線は合わないまま。それでも、クォーツの言葉はダンテを真っ正面から捉えていた。

「このカッコつけ! アルベルトのコト言えねーぞ! アーホ! ボケー!」
「……ガキか」

 決して、ユージーンをないがしろにした訳ではない。話せば受け止めただろうし、慇懃無礼なりに気遣ってはくれただろう。恐らく。
 だがそれでは駄目だ。抱える物が増えても、手放すことを恐れずにいる為には、決して求めてはいけない。何事もなかったかのように立ち去らなければ。地に足を付けていては、空へ上がるにも苦労する。
 クォーツに全て話した訳ではない。それでも、彼なりにある程度察しているのは分かる。やかましく騒がしいが、本来は聡明な男なのだから。

「なあダンテ」
「何だ」
「今一杯一杯だべか? 何か捨てねーと新しいモン手に入んねー?」

 ーー何も持てないより、ずっとずっと辛いことがあるのよ。
 傷跡に流し込まれた感情は、今なお鮮やかなままだ。氷の影を思い起こさせる、クォーツの瞳のように。

「あんま持ち過ぎてっと走馬燈見れねーぞ。いい加減、オメーがいなくなったら泣いて悲しむ奴がいるって、認めろ」 

 平生から張り付けている笑顔のまま、肯定も否定もせずにいれば、それ以上の追求はなかった。代わりに、銃声が会話の続きを断ち切る。さすがのダンテと言えども、このまま隣で射撃訓練に勤しむ度胸はない。
 ーー自分がいなくなって、泣いて悲しむ人。
 思考を右に傾けても左に傾けても、あっさり浮かんで来る。幸せな人生だろう。七歳の絶望を思えば、あまりにも上等だ。

「お前がいなくなったら泣いてやる」
「……答えになってねー、アホったれ」

 ーーあのね、ゼロよりももっと、もっとなくなることがあるのよ。
 ーーもーっと小さくなることがあるの。

 その全てを手に入れたいと思うのは強欲か。
 その上で守り育む為には、一を培う為には、二以上を持たなければならないと。奮い立たせて来た脆弱な闘志を、今度こそ、最後まで道連れにしてみせる。



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