第八話「譲渡多難‐6」


 どうしてこうも上手く行かないのだろう。
 せっかく、ビセンテとそれなりに平和な一日を過ごせると思ったのに。どうして攻撃的な酔っ払いに真っ昼間から遭遇するんだ。それも、家族連れで溢れる、通い慣れたスーパーマーケットで。
 結局酔っ払いは警備員に取り押さえられ、謝罪を繰り返していたフェルディオも、大した怪我はなかったのですぐに帰された。これ以上、狭苦しい警備員室で休日を過ごすのは御免だ。
 謝罪の言葉を探しながら、出入り口でやっとビセンテを見つけた。どれだけ不機嫌になっているかと、駆け寄る前から亀のように首を竦めていたのだが。

「災難だったな」

 向けられた労いの言葉は、予想以上に穏やかだった。

「あ、うん、ほんと……」
「酔っ払いはどうした」
「えーっと、警察に任せて来た」
「そうか」

 ビセンテが歩き出したので、深く考えず、後を追った。
 店長から感謝され、会計をサービスして貰っただとか。酔っ払いは嫁に逃げられて最近荒れている常連だっただとか。そんな、わざわざ話す必要があるのか疑わしい雑談を続ける。

「ビセンテさ、ちゃ、んは何してたの」
「……知り合いに会ってな。少し話をしていた」

 ああ、そう。混乱の余り愛想のない返事をしてしまい、後悔する。それでもビセンテは普段通り、背筋を伸ばし歩いていた。真っ直ぐ前を向いて。それこそ、そこにしか道がないかのように。

「お前に一つ謝罪しておく」

 スーパーマーケットを離れても、相変わらず家族の姿が目立った。父と、母と、子供。三つの役割が当たり前のようにはまった世界が、そこら中に広がっている。

「謝罪?」
「私には今監視が付いている」

 監視。
 不穏な単語に思わず足を止める。辺りを見渡してから、それが愚行の極みだとやっと気付いた。探してどうする、顔も知らないのに見つけられるはずがないだろう。
 ビセンテの視線を手繰っても怪しい人物は見当たらない。どう対応するべきか迷っている内に、「キョロキョロするな」と叱咤された。

「途中で試した。お前が警備員室へ連れて行かれた時、監視がどうするか……全員私から離れなかったから、お前に付いている訳ではないだろう」
「お、俺に監視!?」
「監視される理由を自覚しない者も多い。とにかく、どちらにしろお前は見張られていないから安心しろ。それも確かめたかった」

 安心なんて。出来るはずないだろう。
 ビセンテは当然のような顔をして、何も不服に感じていないような表情で、厚くなる雑踏のずっと向こうを見つめていた。

「問題を起こした奴等は、私と同じ出身の者が多い。警戒されて当然だ」

 街中だからか、具体的な言葉はなかったけれど。曖昧な表現で十分察してしまった。
 そうだーービセンテは遮断区域の出だ。世間一般から、蔑まれ隔離される側。反体制派組織のエラントにも同じ境遇の者が集まっていると、説明されなければ考えられない軍人は、一体何人いるだろう。

「久し振りだが初めてのことでもない」

 零れ落ちた言葉が、吐き捨てられたガムのように、呆然と立つフェルディオの足下を汚す。

「何、上ってそんなに暇なの? 出身ってだけで監視してたら人手足りないでしょ絶対」

 言い様のない苛立ちが沸き上がった。
 ビセンテは確かに人と違う出自を持つが、軍に尽くして来た事実は明白だろう。一度は強制的に退去させようとしておきながら、特異細胞が発見されれば家族と引き離し入隊させ、面倒事が起こればすぐ様疑い監視を付けるなんて。
 理不尽で、余りにも当然だ。だからと言って納得出来るはずもない。

「……私に聞くな」

 あまりにも真っ当な反論に、自分勝手に憤っていた自分が恥ずかしくなった。ビセンテはもうずっとこの理不尽に耐えて来たのだ。今となっては、もう、不満を感じる幼さすら残っていないのかもしれない。
 滲み出した感情の置き所が見つからず、フェルディオは犬のように唸った。とにかく監視に怪しまれてはいけないからと、人の波に乗って歩き始めたが、それでも冷静さは戻って来ない。

「謝罪はする。監視の可能性を告げず、確認する為にお前を利用した」

 冷静ではない。十分に自覚していた。だからだろう、思っていたことがそのまま口を付いたのは。

「謝罪の必要なんかないって! 俺は買い出しに付き合ってって誘って、買い物出来たじゃん! 意図とか何にも関係ないし!」
「声がデカい」
「んんんんっ!!」

 全く考えなしの発言だったが、墓穴ではない。ビセンテが謝る必要など何処にある。むしろ、こうして正直に監視の事実を伝えてくれたことに、こちらが礼を言いたいくらいだ。


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