第八話「譲渡多難‐5」


 空が似合う子だと思った。
 夜空色の髪を揺らしながら、満月より明るい瞳をしならせ、太陽のように笑う子供。成長し逞しい身体に青の軍服を纏えば、それこそ、空の持つ顔全てを集めたパイロットになっていただろう。
 こんなことを言ったら、泣くように笑うのだろうけれど。
 ジャックファル。
 お前は本当に、空が似合う。





 
 ジャックファルがあのヴィオビディナへ派遣されるには、実力や思想の過不足より、万が一のリスクが、他と比べて高過ぎる。
 それでも選ばれたのなら、必ず理由があるはずだ。不自然な調査隊編成を聞いた誰もが推理を組み立てただろう。
 ジャックファル自身も、一晩過ごす間どれだけ考えを巡らせたか。想像せずともその動揺は伝わって来る。
 そして今。チータとジャックファルの前に、この基地内で最も権力を有する男が、結論を差し出した。

「まージャックが選ばれた理由は、十中八九、チータの弟だからだろうな」

 隣で、息を呑む音がする。一気に顔色を変えたジャックファルとは対照的に、チータは至極落ち着いた様子で、ガスパールを見下ろしていた。
 来客用ソファで脱力するその姿に、総司令官としての威厳は微塵も宿っていない。

「どう言うことだよ……」
「テメェもうちっと丁寧な言葉遣いしろやジャック。オッチャンこれでも総司令官サマだぞコラ」

 総司令官室へ呼び出され、ろくな前置きもないまま理解しろと言うのが無理な話だろう。ジャックファルは一呼吸の間だけチータを見て、同じ金色の瞳に捉えられる寸前、無気力な総司令官へと視線を戻した。

「まさかお前、自分の腕が見込まれて選ばれたとか思ってねぇよなぁ?」
「当たり前だろうが。俺より適任な整備員なんて山程いる」
「おーおーその通り。俺等だってよお、もっと百戦錬磨な人員を送りたい訳よ。なのにヴィオビディナ側から調査隊の人員指定して来やがって、梃子でも譲らねぇの。計画丸潰れ。勘弁して欲しいわ」

 背凭れに後頭部を預け、ガスパールは呻いた。
 やはりヴィオビディナ側の思惑か。元々抱いていた予想が的中し、チータの心中に苦い記憶が蘇る。

「その分こっちも察した訳よ。ヴィオビディナは国防軍のスキャンダルを望んでるってな。これでエラントと繋がってる可能性もーー」

 突き刺さったのは、月の瞳か、太陽の瞳か。己の真横に立つ二人を見比べ、ガスパールは肩を竦めた。「んな怖ぇ顔すんなよ」呆れた声が、どちらに向けられた物かは分からない。

「ジャック、知ってっか? チータに取材の申し込みが何回も来てんの」

 ああ、その話をするのか。他人事のように会話を聞きながら、ジャックファルが自分を見ているのだと察しても、チータは正面を見据え続けた。

「そりゃあメディア様から見りゃ最高の人材だよなぁ。十年前のテロで友人を失った少年が、今や立派な特殊部隊のパイロット、おまけに見てくれもいいと来た。祭り上げて悲劇のヒーローにするには適材だ」

 客観的に評価を聞くと、腹を抱えて笑い出したくなる。チータ本人へ直接取材が申し込まれたことはないが、アルベルトやガスパールは、何度もこの話を聞かされているのだろう。
 過去の悲劇を糧に成長し花咲いた戦闘機パイロット。
 その花を芽吹かせた物が、何であるかも知らない癖に。美しさだけを嗅ぎ付けた人々が、飾りたてようと幾度も群がる。

「その上、弟くんまで後を追って整備士になってるなんてなぁ」

 腕を差し出せば、ジャックファルの腹が手首にぶつかる。確証はなかったが制して良かった。総司令官に掴みかかるのは、いくら相手がガスパールでもさすがにマズい。
 ジャックファルは不服そうに歯を見せたが、無言で首を横に振れば、何とか一歩後ずさってくれた。

「思惑なんざどうだっていいんだよ。材料がありゃ、世間一般様は勝手により劇的な美談へ昇華するモンだ。重要なのは、美談を持った人間の悲劇は爆発的に広がるってことだ」

 だからこそ、チータへの取材は拒まれ続けた。下手に人物像が一人歩きし、一個人のスキャンダルまで追われるようになっては堪らない。それだけ世間は異質な感情移入先を探しているのだ。

「仮に、仮にだ、兄を想って入隊したいたいけーな少年が、軍の命令で危険地帯へ送られ殉職したとする。そりゃーニュースに飢えてるメディアも国防軍の輸出業への介入に腹立ててるヴィオビディナも、思う存分騒ぎ立てるだろうよ」

 ジャックファルはまだ十八歳だ。航空学校を卒業した立派な軍人と言えど、世間には未だ反対派が根強く存在している。十二歳から軍属の機関で訓練を受け、十六歳で兵役に就く常識を、否とする者達が。
 非戦闘員である十代の少年が、派遣先で襲撃を受けーー如何にも一般市民が食いつきそうな悲劇だ。
 国防軍へ国民の非難を集中させるには、十分過ぎる程。

「どっちにしろお前に原因がある訳じゃねぇよ、ジャック。全部お前以外のせい。警護も付けれるように何とか調整すっから、ま、気ぃ落とさねぇで」

 限界だったのか、言葉の括りを待たずジャックファルは扉へ向かった。目元は、髪に隠れて見えない。口元は、あの日と同じように、閉じ込めた感情に震えていた。
 追うかどうか一呼吸分迷った隙に、背後でわざとらしい咳払いが聞こえる。扉の向こうへ背中を見送り、再びガスパールを見下ろせば、隈に縁取られた赤い瞳が燻っていた。

「泣いて縋られようが、使命を全うするんだろ? 軍人の鑑さんよお」

 ーー行け。
 命令は、反論の余地もなく、無言で下された。


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