第八話「譲渡多難‐2」


 休憩室には、訓練終わりの屍が積み重なっていた。見慣れた光景を横目に飲み物だけ買い、室内にも周辺にも人影の見当たらない、殺風景な待機室まで移動する。

「何の用か、大方予想は付いているだろう」
「ジャックのことですか」
「ああ。お前、何か知らないか」

 何か。
 曖昧な問いに、無数の何かが浮かび上がる。もしかしたら自分が関係しているかもしれない。そのせいで、ジャックファルだけでなくジャンまで巻き込まれているかもしれない。
 ーーどれも、かも、しれない、が付き纏う。こんな頼りない仮説を伝えていいものか。

「い、や……俺も、驚いてて」

 結局踏ん切りが付かなかった。知らないとは言わず誤魔化す言い回しに逃げるなんて、ほとほと嫌気が差す。

「そうか」
「ビセンテさんは? 何か聞いていませんか?」
「何も聞いていないからお前に聞いた」
「あ、そ、そですね、スイマセン」
「あれが自身の責任でどうなろうが知ったことではないが……まがりなりにもIAFLYSの一員だ。選出させた理由に何か不穏が絡んでいるのなら、ーーいや、絡んでいるかどうか判断する材料が欲しい」

 椅子に深く背を預けるビセンテからは、普段通りの落ち着きと、眼前の情報をかき集めようとする貪欲さが伝わって来た。
 わざわざ人気のない待機室へ移動しておいて、ビセンテの目的はもう果たされてしまった。
 知らない、と一言答えれば、本当かとも何か思い出せないかとも問わず。彼女の潔さは時として心地良い。入り組むフェルディオの思考を、鮮やかに断ち切ってくれる。

「何か、もう……襲撃にしろジャックのことにしろ、不測の事態過ぎて。俺も俺なりに考えるんですけど、堂々巡りになっちゃうんです」
「予測された事態など生活の中にどれ程存在する? あれも技術と資格を持った軍人だ。派遣される訳でもない、ただ待つ身である私達が、あれこれ考えて沈むなど本末転倒にも程がある」

 そうは言っても。
 零れかけた言葉を、勢いで開けた缶の飲み口に流し込む。これ以上、ビセンテの前で情けない発言はしたくなかった。手遅れだろうと脳内で誰かに笑われても、痩せこけたプライドが意地を見せるのだから仕方ない。

「堂々巡りになるなら考えるのを止めろ。どうせそんな状態では答えが出ない。他のことを考えて改めて挑めばいい」

 ああ、それでもまたこうやって激励されてしまった。当然のことを、当然のように気付かされる。
 整備班の班長に派遣を告げられ、足早にあの場を去ったジャックファルも、笑顔で「心配すんな」と言っていたのに。自分が暗い顔をして右往左往していれば、ジャックファル自身が飲み込もうとしている不安を煽ってしまうのに。
 温くなった炭酸飲料を一気に飲み、胃が熱くなる。こみ上げて来た膨満感を紛らわせようと、後先考えずビセンテに話題を振る。

「じゃっ、じゃあ明日買い物でも行こうかなっ! 気分転換になりそうだし! ジャックの好きな食い物買って来たら喜びますよねきっと!」
「あれの嗜好に興味はない。好きにしろ、私も買い出しだ」
「え、っと、ウォーバークマートですか?」
「ああ。お前もか?」

 基地内で買い出しに出ると言えば、行き先はほぼ間違いなくビセンテの言ったウォーバークマートだ。食料品、衣料品、家具から医薬品、日常生活に必要な品は網羅されている。
 ここで、ビセンテの行き先を聞いた後で、不自然に別のスーパーマーケットを答えれば。誤解されないだろうか、いやきっと不快にさせてしまう。
 頭の片隅でビセンテは気にしないだろうと思いながらも、炭酸で痺れた舌は、思ってもみなかった言葉を紡いだ。

「じゃ、あ……」







「ルーカス・シュトラウス、只今戻りました」

 名前の前に長々と役職や所属部隊が連なっていたのは、いつの記憶だろう。当初感じていた気恥ずかしさもとうに消え、慣れてしまえばこの簡潔さがむしろ清々しい。
 同じくすっかり見慣れた司令官室の扉を、届いた声に続いて開放する。

「お久し振りです、リュディガーさん」

 執務机の前で敬礼し、ルーカスは己が尽くす対象を見下ろした。
 人工的な艶を帯びた金髪が、青い軍服の上を泳ぐ。真っ当な緑の瞳は細められ、眼鏡のレンズ越しに、手元の書類を見つめていた。視線も合わせないまま、「ご苦労様です」と薄っぺらい労りの言葉が返される。似たような言葉なのにジャンから貰った物とは大違いだ。

「何だか上が騒がしかったみたいですねぇ?」
「第二分隊の隊長と副隊長が、エラントの機体と接触しました」
「あらら、それはそれは」
「ご丁寧に宣戦布告を頂戴しました。IAFLYSの犬共へ、だそうです。犬の餌にもならない上の老人共にとっては勿体ない評価ですね」
「荒れていますねぇ……そんな中、目星い成果をお持ち出来ず申し訳ありません」

 謝罪の後、長い長い溜息が続いた。
 背凭れに体を預け、机の上で手袋に覆われた指を組む。
 リュディガー・ツァイス。
 IAFLYSの頂点であり、軍全体で見てもその地位は五本の指に入る存在。基地の統率を任される総合司令官の更に上位に座す、上級司令官。


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