第七話「野良犬、宣戦布告‐4」


 機械も人も、酷使し続ければ壊れてしまう。そんなこと誰だって頭のネジを一回しすれば分かるだろうに。自分達と同じ人間に平然と押し付けて来るのだから、つくづくこの世界は不条理だ。

「給料上げて貰わないと割に合わないな」
「愚痴を仰る余裕がある隊長に全てお任せして俺帰っていいですか」
「構わないぞそのまま中指立てて溶鉱炉に突っ込んで来い」

 相変わらず隊長相手に慇懃無礼な物だ。何かあればすぐ帰ろうとする副隊長は、僚機の中でどんな顔をしているのだろう。
 軽口を叩き合いながらも、視線は不明機から決して外さない。視界の輪郭には、延々と突き抜けた青が続く。
 アラート待機に入って一時間もしない間に出動とは。ついさっき口にしたコーヒーが酸素マスクに漏れ出しそうだ。
 所属不明機はダンテ達に背面を晒しながら、領空の際を飛行している。型は最新鋭のLL‐17より一世代前のL‐11型だ。数も一機、差し迫った脅威は今の所感じない。それでも、国防軍の元使用機が外に流れている理由を考えると、今度はコーヒーでなく溜め息が零れそうになった。

「ヴィート、無線はどうだ」
「共通語と念の為三言語もやりましたが無反応です。そもそも通信繋げる気あるのか分かりませんし、隊長、とっとと並走しちゃって下さいよ」
「まあ待て……時期が時期だ。安易に刺激するな」

 一ヶ月前に起こった一般空軍と所属不明機の戦闘。不明機から攻撃を受け、相手を撃墜する事態にまで発展しておきながら、最小限の報道で収束させられた疑惑の事件だ。
 その上、レジスタンスの最大勢力ーーエラントが国防軍の施設を襲撃したと、正に出撃の直前に知らされたのだ。慎重にならない方がおかしい。

「基地局の無線で五回、機体から五回。離脱の意思が見られなければ、K‐3度の地点で並走してサインを出す。お前はもう少し下がれ、ロックオンは俺が並走した時点で開始しろ」
「ーー了解。LL‐2b、ヴィート。後方追尾に移行します」
「LL‐2a、サーバル。並走準備に入る」

 それぞれの宣言が受理されてから、操縦幹で機体の進路を調整した。すぐには動かず、相手にもこちらに並走の意思があると伝え、最小限のプレッシャーで離脱させる。戦争を仕掛ける義理など、IAFLYSは持ち得ないのだ。
 僚機ーー自隊の副隊長が下がったのを確認したと同時、スロットルレバーを倒し微かに加速する。大した速度ではないが、キャノピーへ降り注ぐ日光は確実に鋭さを増した。

『ーーIAFLYSノ犬共』

 条件反射でスロットルレバーを戻す。並走への移行を中止し、不明機の斜め後ろへ回り込んだ。
 計器横のスピーカーから零れたのは、明らかに加工された音声だ。不明機が発した物で間違いないだろう。耳元のイヤホンからは、副隊長の声が漏れる。
 「指示を」的確な一言に、口を窄め吐き出す息の音で答えた。
 今求められるのは、沈黙だ。

『貴様等ノ首ヲ絞メルノハ、真綿デハナク我々ノ両手ダ』

 この音声は司令部へと届いているだろう。誰が何処まで確認しているのか、空からは何も分からないが、最も恐ろしい人物を浮かべてしまい背筋が冷える。
 不明機とコミュニケーションを取る必要はない。命令通り沈黙を保ちつつ、僚機は不明機をロックオンしているはずだ。宣戦布告か、特攻前の遺言か。じっと、大空のど真ん中で敵意に塗れた言葉を待つ。

『悔イテ、待テ』

 意図的にノイズを入れ、人の言葉に組み合わされた機械音。なのに何故ここまで憎悪が染み付いている。
 乾いた笑いが漏れ、知らぬ間に視線が敵意で固められた。
 あれは最早不明機ではない。紛うことなき、“国防軍”の敵機だ。一粒の感情も乗っていない声で、聞き飽きた決まり文句を繰り返す。

「これより先の空域は、国防軍の管轄領空に当たる。即座に離脱せよ。繰り返す、」
『悔イテ、待テ』
「繰り返す! これは警告だ!」
『ーーコミュニケーションなら、空中でなく空の下で取って頂きたい』

 極僅かな、本当に微かな大きさだが、それでも届いた。
 振動していたのは、司令部からの無線を届けるスピーカーだ。この空域を飛行する、三機の戦闘機全てに回線が繋がれたのだろう。唸るエンジンの絶叫が可愛らしく思える程、真冬の極寒が暖かな記憶に変換されそうな程、冷え切った支配者の声が空を裂く。

『安全なテーブルも、人数分の椅子も用意致しましょう。我々も、平和な解決を望んでいます』

 敵機からの無線と、司令部からの無線。吐き出すスピーカーは隣り合っているが別の物だ。司令部からの通信は、こちらの会話を妨害しないように音量が下げられているようだが、焼け石に水だろう。こんな声色、音速の中にいたって逃れられない。

『IAFLYSノ独裁者ニ伝エロ。ーー鉄屑の使い心地はどうだ、と』

 敵機が、左に機体を傾ける。離脱する意思の宿った軌道だ。途中からノイズの取り除かれた、若い男の声が、離れて行く機体と反比例してその大きさを増す。
 確信しているのだろう。己の声が、その“独裁者”へ届いていると。
 司令部用のスピーカーは、緑で塗装されている。自然界には存在しないであろう、人工的で不自然な緑。似たような色を湛えた男は、今頃きっと細めた瞳で空を睨んでいる。

『次は右腕だ。ツァイス』





 空へ突き出した左手に、じわりと熱が広がる。
 誰と繋いでも冷たいままの指先が、太陽の欠片を掴んで、軋んだ。


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