第七話「野良犬、宣戦布告‐3」


 予想していなかった展開に、笑声の残り屑が零れ落ちる。両手をゆっくり下ろせば、ヨニの広い背だけが瞳に映った。

「お前にその気さえあるなら、ここを離れてから話せ。何処まで吐くべきか整理しとけよ」
「……ヨニ隊長……?」
「大方予想は付いた」

 煙草を燻らせながら、ヨニは不敵に笑んで見せる。一体何の予想だ。縮み上がっていた心臓が、途端にやる気を出し始め、冷えた指先へ血液を回そうとする。

「だが、監視の目がある此処でお前を締め上げても意味がねぇ。遮断区域外で改める」
「はい? ……え、だったら、何で今ブチ切れてたんですか?」

 スクラップ寸前と化したパイプ椅子を一瞥して、ばつが悪そうに髪を掻き毟る姿は、見知ったヨニの姿その物だった。

「テメェが曖昧な態度取るからだろうが。これで自分は嫌なんですけど理由があって仕方なく、とでも言いやがったら椅子じゃなくその面に三発は入れてた。後、こう言うのは最初が肝心だろ」

 はめられた、と言うよりも。こちらの本音を引きずり出す為に、ヨニも本気でぶつかって来たのだろう。激烈な怒りの矛先は、与えられた不条理と、煮え切らない態度で何もかも隠し通そうとするジャン自身だった。
 そう悟った瞬間、脱力しかけていた己の甘さに身震いした。ほんの数分前、回答を誤っていたなら、あのパイプ椅子が血で染まっていたかもしれない。
 ようやくヨニは煙草を手放し、空気清浄器を稼働させた。続いて開け放たれた窓から、色のない新鮮な空気が流れ込んで来る。

「にしても、お前の目的は何なんだ。IAFLYS潰したくねぇからって理由だけでラルカンジュ上令に付いた訳じゃねぇだろ」
「……そこ、まだ聞きますか?」
「言いたくねぇならそれでいい。ちなみに今俺の手元には灰皿がある」

 とっさに顔の前で腕を交差させ、隙間から様子を伺う。ヨニは意地の悪い顔で灰皿を摘まみ、何度も空気清浄器に打ち付けていた。凄絶な怒気は和らいだように見えるが決して上機嫌ではない。
 パイプ椅子に次ぐ被害者とならぬよう、慎重に言葉を選ぶ。これがヨニの逆鱗に触れると言うなら、もう諦めて灰皿にキスをするしかない。

「私は一身上の都合でエラントを壊滅させたいんです。ツァイス上令もラルカンジュ上令もその点に関しては利害が一致していますので、とりあえずそこまでは今の立ち位置で色々とアレしようかと」

 慎重に選定したはずの言葉は、吐き出す内にとんでもない方向へ暴走してしまった。再び腕で頭を庇いながら、灰皿の飛来に備える。

「……この状況でそのふざけた説明か。本当に頭の回転落ちたか?」
「これが限界です。もっと細かい説明は、するかどうか、決めるまでもう少し時間を頂きたい」

 細かい説明。自分で口にしておきながら、胸の奥が鈍く痛む。棘が潜ったような不快感は今も拭えない。考えた所で、ヨニに全て告白する勇気など湧いてくれるのだろうか。

「まあ、お前が言う通り、ラルカンジュ上令も今はエラント対策を優先させる。俺に声掛けたのも、どう動くか先に把握しようとしたんだろう。……実際ツァイス上令との対立が激化したら、さすがに読めねぇが」

 思案するのは構わないが、そろそろ灰皿を解放してくれないだろうか。いつ鉄製のフリスビーが飛来するか、警戒しながら会話するのは非常に疲れる。
 そんなジャンの心境を知ってか知らずか。ヨニはようやく空気清浄機から離れ、備え付けの自動販売機まで移動した。

「どっちにしろ、お前、アルベルトには話せよ」
「え……」
「同じ部隊の、隊長と副隊長だ。今の状態じゃ戦況が切迫した時亀裂の元になるぞ。あいつが信頼出来ねぇか?」

 硬貨の投入される音、販売機の電子音、缶が落下する音。その全てが響き終わっても、ジャンは答えられずにいた。
 アルベルトに話す。自身の目的も、思惑も、全て。ヨニは正論を述べただけだ、こんな風な単独行動を繰り返せば隊全体の士気に関わる。現にフェルディオを検査へ連れ出した時も、アルベルトは激昂していた。
 信頼しているのかと問われれば、自信を持って頷ける。だがそれはアルベルト個人に対する物だ。自分との関係性ーー安い言葉を使うなら絆だろうかーーに対する信頼など、微塵も持ち合わせていない。

「……検討します」
「無理強いはしねぇが。今そんだけ動揺してるようじゃ、これから耐え切れねぇぞ」

 悩み、俯く視界に、よく冷えた缶が飛び込んで来る。反射的に受け取れば、ヨニはヨニでコーヒーの缶を取り出している最中だった。
 喉は乾きに乾いていたので、有り難く頂戴する。
 結局、オーブリーの思惑は成功したと言えるだろうか。事態の重さを伝え、時間を掛けて決断させる。その間にヨニがどう立ち回るのか。あの男はどうせ予想し尽くしているのだ。
 自分も所詮駒だ。それでも、此処にいる意義は自分で握れている。
 まだだ。まだ、縋るにも蹲るにも早過ぎる。
 炭酸飲料で流し込めば、紫煙とはまた違った刺激に喉が震えた。

「そもそも、さっきから一人称“私”に戻ってるの自覚してんのか?」

 全く予想していなかった指摘は、油断していたジャンの喉を存分に締め上げ、甘ったるい液体を吹き出す羽目になった。
 何とか軍服を汚さずに済んだが、口中も胸中も不快感で一杯だ。何度も咳き込み、呼吸を整え、何とか顔を上げた時。
 外から乱暴に押された扉が、ひしゃげたパイプ椅子にトドメを刺した。


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