第七話「野良犬、宣戦布告‐2」


 特別航空遊撃部隊・IAFLYSと、一般空軍。響きも長さも異なる部隊名だが、完全に分断されている訳でもない。
 任務内容によっては混合部隊が編成されるし、合同訓練も日常的に行われている。目の前で煙草を噛み切る勢いで咥えるヨニにも、何度拳をお見舞いされたか分からない。
 それでもやはり“違う”のだ。意識が、身体が、負った肩書きが。目に見えない細胞の一つ一つが、命の限り咆哮する。決して同じにはなれないと。
 ヨニは二本目の煙草を灰皿に突き刺すと、既に用意していた三本目に火を灯した。

「吐ける分洗いざらい吐け」

 ジャンと目を合わせることもなく、至極単純な命令だけ下す。眉間の皺も声の低さもいつも通りだ。煙草の消費スピードが異様に速い。ただ、それだけ。
 空気清浄器を起動させないのはわざとか。有害な煙に満たされた空間で、ジャンは深く深く息を吸い込んだ。慣れない香りと柔らかい刺激が喉を撫で、吐き出した息が紫煙を散らせる。

「特異細胞は希望なんですよ。第一次兵器災害よりもずっと前に発見された、あれが上手く発現すればより劣悪な環境でも適応出来る」

 ヨニの横顔は微動だにせず、淡々と煙を量産していた。ここで特異細胞の全てを暴露するのは簡単だが、ヨニが最終どの勢力に付くのか、今の段階ではあまりにも不確定だ。
 浮かんでいた具体的な単語を全て沈め、誤魔化す余地のある言葉を手当たり次第に掘り起こした。

「勿論リスクも抱えています。だからIAFLYSに集めた。ラルカンジュ上令とツァイス上令の対立は、特異細胞保持者に対する意見の相違です」
「……で?」

 誘導も恫喝もないこの状況、やはり余りにも分が悪い。出来るものなら、このまますぐ隣の扉へ身を捩じ込み、逃げ出したかった。

「ツァイス上令は一度全てをゼロに戻そうとしています。ラルカンジュ上令はそれに反対した。余りにもリスクが高いので、」
「お前はもう少し頭回せると思ってたんだけどなぁ……ゼロに戻す? リスクが高い? 曖昧な表現で逃げ切れると思ってんのか!」

 灰を被った赤に、青臭い心臓が射抜かれる。
 マズいだとか安い危機感を覚える前に、パイプ椅子が扉に飛び込んだ。どれだけ思い切り蹴り付けたのだろう。数秒の間を置いてから落下した被害者の背凭れは、完全にひしゃげてしまっていた。
 ヨニが激昂するもの当然だ。ろくな情報も与えられないまま、一方的な協力を求められ、家族や友人が拒絶の代償となる可能性まで示唆されるなんて。まだジャンに手を出さずに堪えているだけでも、尊敬に値する。
 せめてもの矜持で逸らさずにいた視線の先。真正面から向かい合ってやっと、彼に撃墜されて来た敵機の恐怖を理解する。

「こっちは散々振り回されてんだ、テメェに頭の回転合わせてる暇はねぇんだよ。答えろ、ラルカンジュとツァイスの最終目的は何だ」
「把握出来ていません」
「予想しろ」
「ーー恐らく、は、……特異細胞に関する情報の開示と、遮断区域の撤廃を、」
「舌抜けてんのか? 簡潔に説明しろ」
「ツァイス司令は全てを開示し、その上で一般国民に判断を委ねようとしています。ラルカンジュ上令は、無用な混乱を防ぐ為現状維持すべきだと」

 ここまでなら、話してしまっても問題ないだろう。どうせ放っておいても近い内に開示される。
 口を噤めば、足の間に爪先が力一杯突き立てられた。呼吸する度引き攣り乾く喉、紙やすりでも貼り付いたのかと疑いたくなる。

「このまま対立が激化するなら、裏から手を回し、ツァイス上令を失脚させる……の、では……」
「特異細胞の情報は、開示するとそこまで混乱を招く内容か」
「はい。細胞発現者の安全は保障出来ません」

 ああ、もし、全て白日の元に晒されたのなら。
 世論は何処へ流れるのだろう。今まで通り犠牲を払えばなかったことに出来るのだろうか。その世界で、何もかも暴いてくれると言うのなら、きっと。
 叱責される恐れも忘れ、両手で瞳を覆った。煙草の香りと調整された温度だけが脆弱な身体を刺激する。閉じても閉じても掌を瞼を網膜を通して光が届いて、いつまで経っても頼りない希望を捨て切れない。

「だからラルカンジュに付いたのか。IAFLYSはどうする、捨てるか」
「それは、誤解です。私には私の理由があります。どちらかを潰したい訳じゃありません」
「都合の悪い事実は隠して、テメェの居場所もなくしたくねぇって? クズだな」
「アハハ、ご名答、」

 緊張で自制心が麻痺したのか、乾いた笑いは無意識だった。今度こそ顔面に一発お見舞いされる。気合いを入れ身構えたと言うのに、殺気に満ちていた気配はあっさり遠退いた。


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