第三話「夜明けに染まる風見鶏‐7」


 どうして色を変える。
 ずっと一緒なら、隔たりを覚えることもなかったのに。








 フェルディオが滑走路へ降り立った時、アルベルトの姿は既になかった。視界に残ったのは、棚引く銀の長髪だけ。
 アルベルトは額の汗を拭うダンテの元へ突進し、フェルディオの背骨なら軽く粉砕出来そうな蹴りを繰り出した。しかし当のダンテは迫り来る靴底を交わし、何故か傍らのジャックファルだけが吹き飛ばされる。
 悲鳴と制止の声がそこらから上がり、所々にジャンの笑い声が混ざった。ジャックファルの抗議を聞き入れる者は誰もいない。それどころか、先輩の整備士にうるさいと髪を踏まれていた。

 結局二人の分隊長は、互いの髪を鷲掴み、罵り合いながら格納庫へと姿を消してしまった。右往左往するフェルディオの肩を、第二分隊の隊員が叩く。
 「関わるな」溜め息混じりの忠告が嫌と言う程身に染みた。
 痛む頭を抱えながら佇んでいると、目尻に涙を溜めたジャンが、腹を擦りながら隣に並ぶ。

「あの二人しばらく戻って来ないよ」

 聞けば、アルベルトはダンテを総令室に連行したらしい。総令室、正式には総司令官室だ。IAFLYSを束ねる人間の執務室。身勝手な訓練内容の変更を、司令官に直接糾弾するつもりなのだろう。
 さっきまでの喧騒が嘘のように、淡々と業務に戻る隊員達を見て、珍しい光景でないのだと確信する。
 いつか自分も慣れるのだろうか。二人の口汚い舌戦が思い起こされ身震いする。フェルディオにとっては、慣れる程も遭遇したくない光景だ。

「ジャンさん涙出てますけど」
「あははゴメンゴメン、あんまり面白くってさ。アルベルトのあの顔見た? 青筋破裂しそうだったよね!」
「全っ然面白くないです……」
「嘘。何で?」

 何で。ジャンからすれば見慣れた光景なのかもしれないが、フェルディオからすれば、分隊長二人の怒鳴り合いは恐怖以外の何者でもない。本気だったのか、意図した演技なのか。ジャンの反応を見るに、アルベルトのみ本気だったようだが。

 一気に現実へと引き戻されてしまった。
 太陽に飲まれた朝焼けの記憶。何度も噛み締めながら、フェルディオは長い歎声を漏らす。

「どうだった? 分隊長同士のドッグファイトは」

 凄かった。怖かった。尊敬した。
 言葉は浮かぶけれどどれも陳腐過ぎて吐き出せない。空の一部に無理矢理引きずり込まれるあの感覚を、乏しい語弊力でどう表現すればいいのか。

「……嘘みたいでした」

 安直な感想だったのに、ジャンは満足そうに微笑みながら、何度も頷いた。
 これで正解だったのだろうか。そもそも、正解など求められていなかったのだろうか。
 ジャンは一度右手を肩辺りまで上げ、すぐに下げた。反射的に身を引いてしまう辺り、やはり自分は臆病な羊なのだろう。苦笑するジャンを見て申し訳なさが込み上げて来る。

「現実味ない? この隊にいる限り、君もいつかは同等の働きを求められるよ」

 木の葉のように風を受けた次の瞬間、弾丸と見紛う鋭さで大気を切り裂く。
 別の物体として傍観するのと、実際その中に搭乗するのとでは、天と地程の差があった。近付けば近付く程、開いた距離を見せ付けられる。
 後はいつも通り、落ち込めばいい。
 自分にはどうしようもない、持って生まれた才能の差だと諦めて。心地良い妥協点の捜索に全力を尽くすだけだ。

「そんな日は来ません」

 卑下した持論を展開しろ。そうすれば平凡のレッテルは簡単に付いて来る。

「求められてる物が違いますから」

 見開かれた瞼の向こうで、緑の輝きを帯びた、大地色の瞳が揺れる。
 気が付けば口元は緩やかな弧を描き、半ば呆然とするジャンを真っ直ぐ見据えていた。

「ここまで差があると、嫌でも理解しました」
「……アルベルトみたいになるのは、諦めるってこと?」
「綺麗だったんです、あの人が飛んでる空は。それを見た時、成り代わりたいとか、並びたいとか思わなくて、ただ――」

 この空が、ずっと綺麗なままでいればいいのに。
自分の瞳と同じ色をした広大な世界で、あの銀がいつまでも真っ直ぐ進んでくれれば。そう思った。

「よく言った新人坊主!」

 頸椎を襲う衝撃に、思い切り舌を噛んだ。長く逞しい腕が、痛みに悶絶するフェルディオの首に巻き付き、パイロットスーツの重みが肩へ圧し掛かる。
 視界の隅に赤茶色の三日月が浮かぶ。ダンテは滅茶苦茶に乱れた髪を気にする様子もなく、記憶の通りに笑っていた。

「イゾラ隊長! もうお説教終わったんですか!? て言うか、髪! タコ足配線みたいになってますよ!」
「ああ、総令に思いっ切り引きずり回された。次はお前だ。行って来い」

 フェルディオにもたれ掛かったままジャンを指差し、伸ばした人差し指は横へ滑る。指し示された先では、アルベルトが膝に手を付き、激しく肩を上下させていた。

「テメェっ、一人っ、だけ、逃げんじゃねぇ……!」
「アルベルト! 僕まで呼び出しとかどう言うコト!? そっちに関わってないでしょ!」
「知るか総令に聞け! つーかダンテ、まずはテメェだとっとと戻れコラぁ!!」
「話逸らすなよどうせイゾラ隊長に上手いこと押し付けられたんだろ!? 頭回ってねぇのか鶏! 総令くらい言いくるめろよ!!」

 今朝から、アルベルトの怒鳴っている所しか見ていない気がする。そろそろあのよく通る声が潰れないか、本気で心配してしまう。


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