第三話「夜明けに染まる風見鶏‐8」


 争う二人を見ても、大して怯えていない自分自身に気付き、フェルディオは少し絶望した。慣れて来ている。これは良くない。

「若いのは元気だな」
「とりあえずイゾラ隊長が元凶だって言うのだけ理解出来ました」
「ほう、随分な口の効き方だな臆病羊。いや、夜明け羊か?」

 呟かれた単語に、空での会話が思い起こされる。
 自らのタッグネームの由来。臆病な羊と、夜明け。アルベルトの発言で、ダンテもジャンも、瞳の色を連想しているのだろう。
 だが真実は全く異なる。偽った所で罪に問われたりはしないが、何処か居心地が悪く、フェルディオは自ら白状した。

「夜明け、って、目の色から来たんじゃないですよ!?」
「は?」
「訓練生時代、俺いっつも朝テンション低くて! また鬼教官のしごきが待ってるんだろうなーって、いっつも夜が明けるのが嫌だ嫌だって喚いてたんです!」
「……それで、Daybreak? つまりあれか。夜明けを怖がってる臆病な羊ってことか」
「そっ、そうです……」

 ダンテの口元には、うっすら笑みが浮かんでいる。中途半端な沈黙の後、肩に乗っていた腕が下ろされ、代わりに頭を鷲掴まれた。

「いぎゃっ!!」
「まあ、タッグネームなんてそんなモンだろう。アルベルトだって風見鶏から来てるんだからな。大抵悪ふざけの産物だ」

 至近距離まで顔を引き寄せられ、息が詰まる。毛髪の千切れる感触が何とも言えず気色悪いが、そんな中でも好奇心はしっかり顔を出して来た。
 先程聞き損ねた、アルベルトのタッグネームが「ヴェック」となった経緯。ダンテは間違いなくその一端を口にした。

「風見鶏?」
「風見鶏――weathercockを縮めてweck。あいつ目つき悪くて、髪型がほら、鶏冠っぽいから」

 鶏冠、は言い過ぎかもしれないが。後頭部に撫で付けた髪の一部が跳ねているから、そう例えられたのだと言う。
 ジャンと口論するアルベルトに、悪いと思いながらも鶏の姿が重なる。噴き出すのは何とか堪えた。ダンテが明らかに笑わそうとしているのだが、簡単に屈する訳にはいかない。

「……それで、に、鶏……?」
「ああ。朝からコケコケ大声出して元気だろ?」
「こっ、コケ、やっそれはさすがに……!」
「今お前等鶏っつったか!?」
「言ってません!」
「ほら言った、コケーケーって」
「ちょっと黙ってくれませんかイゾラ隊長!」

 前触れもなく指摘され、条件反射で嘘を付いた。かなりの距離があると言うのに、アルベルトの耳はどうなっているんだ。いちいち反応していては日常生活にも支障を来すだろうに。それとも、今は気が立って敏感になっているだけか。
 とにかくこれ以上苛立たせる訳にはいかない。フェルディオはアルベルトから視線を逸らし、極力声を潜めた。

「そりゃタッグネームの話題嫌がりますよね……」
「いいと思うんだけどな。風見鶏って魔除けにもなるらしいし、風見とかパイロットっぽくないか」

 いくら響きが良くても、名付けた側の悪意が伝わって来れば台無しだろう。
 こんな所でアルベルトの気持ちが理解出来るなんて。親近感を覚えればいいのか、惨めさを感じればいいのか、不自然な笑顔が浮かぶばかりで判断出来ない。

「話がズレた。お前のせいだ」
「そおぉあ!? 何が!?」
「さっきの発言だ。アルベルトがいつまでも飛んでいられればいいのに、言ったろ。聞いたぞ俺は」

 アルベルトが、と直接言ってはいないが、大凡の意味は合っている。まさかダンテに聞かれていたなんて。わざわざそこを掘り返される辺り、もう嫌な予感しかしない。

「いっ、言いましたけっ、ど」

 肯定すれば、赤い三日月が更に細められる。満足そうに。何処か、誰かを慈しむように。

「それがあいつの仕事だからな。鶏みたく朝一番に起きて、誰よりも早くケーケー鳴いて、それがまるで本能のように当然の行いだと思われている」

 視線に油断し呆けていた頭は、簡単に揺さぶられる。
 そうだ。確かに自分も言った。いつまでも真っ直ぐ飛んでいて欲しいと。当たり前のように、ずっと空にいる物だと思い込んで。
 彼は何者だ? 聞く間でもない、人間だろう。本来地上で生きるはずだ。なのに、あまりにも容易く、自分はアルベルトを別な存在のように捉えていた。
 ダンテの言葉でやっと羞恥心が込み上げて来る。何を無責任に望んでいた。ずっと戦い続けろと、何も考えずに呟いていたのか。

「お前には無理だろう?」

 自分の背中に何十何百もの視線が注がれる光景。
 想像しただけで身震いする。ダンテの言う通り、ひっくり返ってもそんな人間になれはしない。

「だったらせめて、その名に相応しく、大人しくあれが飛びやすいように協力してろ」

 当然のように掴まれ続けていた髪が解放され、とっさに無事を確認する。指先にはしっかりとした毛髪の感触。良かった、まだある。見当違いな安堵と一緒に、投げ掛けられた言葉を噛み締めた。
 今この目にはダンテが映っている。消えてしまった朝焼けの色が、彼には見えている。

「鶏は夜明けに一番騒ぐ。せいぜいあの鶏が暴れやすい環境を整えてやれ」

 なれる訳がない。アルベルトや、ジャンや、ダンテのように、多くを背負えるはずがない。なら何が出来る。同じ頂に登れないのなら、自分が歩める道は何処だ。

「整える、って……新人の俺にそんなこと……」
「出来ないならお前はただの人だ。人が空を飛んで空で死ぬことを当然だと思ってる、大多数の人間の内の一人だ」

 違う。違う、違う。
 だってこの手は何度も操縦桿を握って来た。あんな所で人が死ぬのを、当然だなんて思わない。
 ずっと飛んでいて欲しいと願って、ならその勇壮な姿を、自分は何処から見ているつもりだった?

 求められている物が違う。そう発したのも、確かにこの唇だろう。



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