4‐1
- ナノ -


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 しかし、ここまで読んできて、何か引っかかるものを感じませんでしたか。
 そうです。私は苦しみやつらさを受け入れようとしていましたが、その前に自分が一番、苦しみやつらさをうまく逃がせていない人であったということなのです。
 つまり根元のほうでは、私も、よくないことをしている人たちも、全く同じであったということです。
 ただその苦しみやつらさが曲がった形で自分の外に出るのか、内にこもっていくように働くかということに違いがあっただけでした。
 私はそれをわかっていませんでした。しかし、誰かを受け入れる前に自分のことを考えてあげられなかったことによって、どこかで破綻をきたしていたのかもしれません。
 そのころの私は自分が誰よりもつらい思いをしていると思っているふしがありました。こんなに苦しい思いをするなら、いっそ自分の周りにいる人たちの苦しみや悲しみも全部自分が背負ってしまおうと思うことも。
 苦しむのは私だけでいいから、それで周りの人たちが笑顔になるのなら、私自身はどうなってもかまわないという考えだったのです。
 自分に向き合おうとせず、その自分を受け入れようとせず、しかも自分のことを思ってあげられない人間が、誰かを本当に笑顔にできるかといえば、それはできないことです。
 ですから、その考えは、「自分自身を誰かに無条件で受け入れてもらいたい」という強い願いの裏側だったのでしょう。
 また、一番重要なことは、自分を犠牲にして誰かの役に立つことで、自分の「生きている意味」を確かなものにしたいという気持ちが少なからずあったということ。
 そして、こんなことが考えられる私はすごいのだ、他の人とは違うのだ、との優越感に浸り、他人からの「すごい」を期待したということです。
 つまり、私にとっての他人を受け入れるということは、勉強することや……夢と、同じだったということなのです。
 特に、受け入れることと夢は、誰かを助けることで自分の「生きている意味」を確立しよう、という自分の身を守るものであった点でとても似ているということができるでしょう。
「本を書いて、誰かを励ましたい」
「受け入れることで、誰かを助けて、笑顔にしたい」
 そのどちらもかけがえのない素晴らしいことです。
 しかしだからこそ、非常に難しく、生半可な気持ちでは絶対に果たすことのできないことなのです。
 人を助ける、ということを結局自分のためにやろうとしていた私が、心からそれらを実践できるわけがありません。
 ですから、どんな人も受け入れるという私の信念は、高校に上がったある日、どうしてもそうできない人に出会うことによってあっけなく崩れました。
 その人の中には私がいました。
 「夢」を語る時、ものを書く時、無意識に完璧を求める時、感じることのあった居心地の悪いもの。
 何なのか突き止めようとすれば分かる、でもずっと目をそらし続けていたい恐ろしいもの。
 その人は、私がもやもやとして感じるそれと似たものを持っていました。
 その人がその気持ちを私と同じように嫌なものだ、もやもやしたものだと感じていたかどうかは分かりません。
 しかし、おそらく感じていなかったでしょう。
 何にも感じていなかったからこそ、それは私には、余計に際立って見えたのです。
 私はその人を見るたびに目をそらしておきたいもやもやの正体に直面しそうになって苦しい思いをしました。そしてその人の持つそれが自分の中にもあるものだと認めるのがとても腹立たしくもありました。
 自分とさえ向き合うことができなかったのですから、自分と似たものを持っている人を受け入れられなくて当然でした。
 自分から逃げていた時点で、誰もかれも受け入れることはできないと決まっていたのです。
 私は全ての人を受け入れる、ということへの限界を感じました。
 けれども、そのこと自体ショックが大きく、もやもやの正体にきちんと向き合うことはとてもできませんでした。それが余計に自分の中で限界を作る結果になってしまったのは言うまでもありません。でも、その正体を見るのが本当に怖く、見た瞬間に、ショックで立ち直れなくなると思ったのです。
 私はもうすでに、この時もやもやの正体がなんなのかほぼ気付いていたのかもしれません。
 ただ、気付いたことに気付かなかった……いや、気付きたくなくて目をそらしていただけだったのです。
 いくら目をそむけ続けてきたといっても、考えないようにしてきたといっても、たくさんの出来事に巡り合って一日一日を過ごすごとに、それはじわじわと私に認識できるひとつの考えとなり、気付ける状態から意識せざるを得なくなる形になっていきました。
 もう、少しでも後ろを振り向けば、私はけっして知りたくないことをはっきりと知らなくてはいけなくなるに違いありませんでした。
 それがいやで、私はまた見えないふりをし続けたのです。




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