その8
- ナノ -



先生の配慮 8

 そうして、ここからがいよいよ本番だ。
 ホールに集められた空き缶は、三つの過程を通して、やっと倉庫に入れられる。
  
一、各クラスがどのくらい空き缶を集めたのか調べて、黒板に記入
二、学校全体でどれくらい集まったのか、合計を出す
三、空き缶があまり入っていない袋は中の空き缶をほかの袋に移し替えて、なるべく次の時に多くの袋が使えるようにする

 紙に書いてみるとそこまで大変な気がしない。
 しかし実際にやってみると、これがまた手間のかかる仕事なのだ。
 一については、丁寧にクラスで数えてくれているところもある。しかしそうでないところや、たとえ数えてあっても曖昧だったりする場合は、一から数え直しだ。少ないクラスだったらすぐに数えられるが、多いクラスだったらかなり時間がかかる。そこそこ広い理科室前のホールに思いっきり袋の中身をぶちまける。床に空き缶で傷をつけてはいけないため、静かに出そうとするが、それでも缶だから音はガチャガチャとうるさい。時々ホールの近くを通ると聞こえてくる音はこれだったんだ、と私は納得した。
 微妙な中腰姿勢を保ったまま、床にばらまいた空き缶を今度はひとつひとつ袋に戻していく。このとき、アルミ缶はめんどうくさくても足で踏みつぶしてペシャンコにするのが三を成功させるポイントだ。へこませれば一つの袋に入る空き缶の量は増える。そうなればこっちのものだ。足で踏みつぶすことのできないかたさのスチール缶をあえてつぶそうとしている人もいたっけ……と思うと、なつかしくなってきた。私はやらなかったが。そんな苦労をしなくても、空き缶を袋に戻す作業で腰がしっかり痛かった。
 白板に各クラスの情報が出そろい始めると、二、つまり学校全体の情報を出す作業にかかる。活躍するのは計算機。はじめこそ筆算をしたり、先生に計算機を借りにいったりしていたが、慣れてくると私はよくそれを用意していって、みんなにありがたがられていた。まあ、ありがたがられていたのは私ではなく、もっぱら計算機のほうだった。私が自分で計算機を使って計算していると、横から一声。「その計算機貸して。」……どうやら、計算機を使っているのに計算が遅い私に、その友達はじれったさを感じたらしい。複雑な気持ちで渡すと、彼女は恐るべき速さでキーを打ち始めた。私の計算機は彼女のためにあったといっても過言ではないだろう。悔しい思いでいっぱいだったが、あまりの計算機さばきに私はすっかり士気をなくしていた。空き缶集めの時間に限り、この計算機は彼女のものだ。それからの空き缶集めがある時というもの、計算機は毎回私が持っていっていたが、ほとんど私の手の中にはなかった。
 だいたいいつも、この作業の終わりくらいに昼休みが終わる。またどんなに遅れていても一日目でここまで終わらせなければならない。それというのも次の日のお昼の放送で、全校でどのくらいの空き缶が集まったのか、どのクラスが一番多くの空き缶を持ってきたのかを放送しなければならないからである。別に一番多く持ってきたからといって、そのクラスに賞状がでたり、はたまた環境委員全員がそのクラスに赴いてほめたたえたりするというわけではない。が、小学生という職業は、やたらとこのような「学校一」で盛り上がれるある種とても熱い職業である。特に「学校一」になったクラスは熱い。よくV2やV3をねらって次の空き缶集めのときにもどっさり持ってきてくれる場合が多いのだ。それを打ち破ろうとするクラスも生まれ、空き缶集めバトルはますます盛り上がる。そうなれば集まる空き缶も自然と多くなっていくという、一石二鳥の循環システムを保ってくれるのが、この放送の大きな役割であるのだ。
 やり終わることのできなかった作業、三の空き缶移しや倉庫への運搬はこの放送がされる日の昼休みにすることも少なくはなかった。空き缶袋をまたまたひきずって、倉庫に全てをしまいこめば、そこでやっとミッション完了である。空き缶たちも、業者の方が取りに来られるまで、後はゆっくりしているだけだ。


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