その3
- ナノ -



先生の配慮 3

 そうしてやってきたのが、この日の学活だったのである。
 私はそんな状態であったから、委員会に対する不安とか、妙に「どれでもいいや」とさっぱりしていた人が多い中、一人でひっそりと燃えていた。何があっても図書委員になるんだ、と。昨日の時点で、今日この時間に対するいきごみを日記帳にしっかり書いて、先生に提出しておいた。万が一のことがあってもきっと、先生が配慮してくださるはず。
 休み時間が終わり、いよいよ学活が始まった。はじめに各委員会の説明があって、その全ての委員会の名前が黒板に横一列で書き出される。どきどきしてきた。もうすぐ右端に書かれた委員会から順に、ひとつずつ読まれていく。自分のやりたい係が読まれたとき、まっすぐに手を挙げて、その委員会をやりたいという希望を伝えるのだ。各委員会の定員がほとんど男女一名ずつだったので、もし男子と女子が一名ずつ手を挙げたら、その委員会をやる人は何の問題もなく決まることになる。しかし手を挙げている人が多かったら。そのときは、その委員会を希望した人の男女各一名しか、願いはかなえられない。
(だいじょうぶ。図書委員会は仕事が多いほうだし、希望する人はいないよ。絶対、図書委員になれる)
 それに、と私は思った。同じ係を続けてしてはいけないというルールに例外を認めて下さった先生……そこまで私の気持ちを考えて、私の希望をかなえてくださった先生が、今回の私の希望、図書委員になりたいということをかなえてくださらないはずがない。きっと先生も、委員会という係より責任の大きな仕事で、私が図書についての知識や経験をさらに高めていくことをのぞんでくれているだろう。
 こんなに、私くらいこの委員会を希望している人はいないはず。もしもそんな人がいたら、その人にゆずらなくてはいけないかもしれないけれど。
 でもそんな人はいない。いないはずだ。
「それじゃあ、まず、保険委員をやりたい人……」
 先生の声が教室に響く。ついに委員会決めが始まった。
 どきどきはさらに大きくなっていく。かすかな不安にあおられて、このまま図書委員の名を読み上げないでほしいという気持ちであったが、反対にさっさと読み上げてほしいという気持ちもあった。私がそうやってやきもきしている間にも、他の委員会は着々と担当者が決まっていく。ちょっと興味があるな、と思っていた放送委員も、男子と女子がちょうど一人ずつ手を挙げて、すんなりと決まってしまった。私はもう後には引けない、と改めて思った。なんとかして図書委員にならなければ、六年生になってからの委員会活動なんて灰色だ。
 さらに数個の委員会がよみあげられたあと、
「次は…図書」
 その時はついにきた。
 私は図書への思い全てを指先に込めて、手を挙げる。そしてすぐにまわりを見回した。
 ……女子がもう一人、手を挙げていた。
 そんなばかなっ!と私は思った。まさか希望する人がいるなんて。びくっとして一瞬おじけづくが、しかし今はそんなことをしている場合ではないとすぐに気づいた。次の瞬間にはあってしかるべき「ハイリョ」を求めて先生を見つめる。そうだ、私は係で努力してきたんだ。先生も気を遣ってくださる。
 こんなことにおびえていなくても……
「二人いるな。じゃあ、ジャンケンで」
 そう、ジャンケンで。
 って、うそだろ!
 予期せぬ事態に私は跳ね上がりそうになった。
 先生、「ハイリョ」は?「ハイリョ」はないんですか?
 こんなに頑張って、図書係をやったのに?
 驚きととまどいと悲しみが一気にごちゃまぜになって押し寄せてきた。当然そんな中で冷静になれるわけもない。頭の中は真っ白、否、不安と嫌な予感で真っ暗になった。そのとき少しでも私があきらめずにいたなら、まだ希望はあった。根性で勝つこともできただろうから。
 しかしすっかり気が動転してしまった私は、自分が本番のジャンケンにめっぽう弱いことを嫌でも思い出していた。ジャンケンじゃあ、私の勝ち目はない。そう思った瞬間に、私はあっけなく戦いに敗れた。
 黒板には私でないもう一人の女子の名前が書かれ、やがて男子も決まって、図書委員は決定してしまったのである。


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