去りし日の

※皆本(15)と七松(20)



『近々そっちへ行く用事が出来たから、少し会えないか。』


昔、学園を卒業した先輩から僕宛の文が届いた、六年生の夏。何年も遠く離れ、もう逢うことなど叶わないだろうと思っていた所為か、実感が湧かず、突然の知らせにただ驚いた。

そこには、

『昔よく一緒に鍛練した河原があったろう。そこに来てくれ。』

と、殴り書きのような勢いのある筆遣いでそう記されていた。


それから数日が経ち、文に書かれた通りの時間に、待ち合わせ場所である河原に着く。石に腰掛け落ち着きなく辺りを見回していると、不意に懐かしい声が遠くで僕の名を呼んだ。迷わずその声がする方を振り向いた僕に、その男はお前も勘が鋭くなったなぁと感心したように目を丸くした。

「当たり前です、僕だってもう子供じゃないんですから」

そうだったなぁすまん、と相変わらず細かいことなど気にしない彼は笑う。五年ぶりに再会したその人は、昔と殆ど変わらぬ背格好と昔と何ら変わらぬ眩しい笑顔で其処にいた。


そして僕らは、五年間の空白を埋め合わせるように、それぞれの経緯を事細かに語り合う。

先輩はやはりある城に頼まれた忍務で此方に来ていたらしい。依頼を受けるのに何かと都合がいいからと、フリーの忍者の道を選んだようだ。他にも、旧友であった中在家先輩と組んでいること、委員会の後輩であった次屋先輩と戦場で刃を交えたこと。その男は己の全てを、包み隠さず語ってくれた。

僕は、今も忍術学園で忍術を学ぶ傍ら、昔と変わらず戸部先生に剣術の稽古をつけていること。時には剣豪の親睦会にお邪魔して、交流を深めつつ剣技を学んでいることを伝えた。


水面がぴしゃりと波打つ。いつの間にか灰に覆われた空から、雨が降りだした。

「さて…もう行かなくては!」

実はまだ暗殺者を一人取り逃したままなんだ、と芝に腰掛けた彼はひょいと立ち上がり、装束についた草を払いながら呑気に笑う。暗殺者一人消すことなど、この人にとっては余程容易いことなのだろう。


会えて良かった、ぽつりとそう呟いた彼はいつものようにからりと笑い、僕に背を向けひらひらと手を振った。

「七松先輩、僕は」

別れ際、その人を呼び止める。
あの頃から、ずっとあなたをお慕いしています。そう胸の内を伝えれば、一瞬目を見開き、知っているさと男は笑った。


その腕を力の限りに引き寄せ、唇を重ねる。背伸びなど、必要なかった。


「こういう意味で、ですよ」


そう言えば彼は何とも複雑な表情で長く伸びた髪を掻き、喉奥でううん、と呻いて視線を逸らした。
ええ、想いに応えて下さらないのだと、そんなことはあの頃から疾うに知っていました。だから、


「どうか、お幸せに」


それだけ伝えて、別れた。


一度として後ろを振り返る事なく草むらを走り抜けながら思う、会えてよかったと。これで漸く前へ進める、僕も、貴方も…。


もう二度と会えないと思っていた男と五年の時を経て再会を果たし、彼の『幸せ』まで本人の口から確認出来たのだ。こんなに嬉しいことは、きっとない。筈なのに、何故か。

『どうして…泣くんだ、僕は』


泣くな金吾男だろう、と乱暴に頭を撫で回された幼い日のことを不意に思い出した。今となってはそれも不必要な優しい想い出の一つだ。

もう泣いてはいけない。何時までも貴方の背にすがる甘ったれではいられないのだと、貴方よりも伸びた背の丈が僕自身を責めるのだ。


『……不毛だ』


互いの知らない五年の歳月を埋める些細な身の上話の一つ、その男は、もう直嫁を貰うらしい。




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小平太はとある城同士の戦に巻き込まれそうになったある村を救ったことをきっかけに村長に気に入られ、その孫娘と夫婦になります。

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