小噺拾

【中在家と不破】平和だな、とその男は呟いた。誰も聞こえないであろう小さな声に、一人の男が振り向き、微笑む。「ええ、本当に」そしてまた、何事もなかったかのように背を向け、本棚に向き合う。平和だな、とその男はまた呟いた。二度めの呟き、その男の仏教面が僅かに綻んだのを、知る者はいない。

//今日も今日とて

【次屋と富松】しっかりと腰を縄で括られたまま、毎度お馴染みの長たらしい説教が始まる。「…わかったからさぁ作兵衛、そんな怒んなよ」途端にそいつは俯き、言葉を詰まらせた。「ばっかやろ…怒ってねぇよ!ただ、心配させん、なって言っ…」遂にボロボロと泣き出したそいつ。この涙ばかりは、何度見ても慣れない。

//こうかい

【皆本といぶ鬼】いつか世界がまあるくなったら、そしたらきっと、僕らも手を繋いで歩けるよね。そう言って無邪気に微笑む君は、誰より平和を望んでいた。「そう、だね」世界がまあるく歪んでいること、優しい君は知らないだろうな。

//わ

【黒門と今福】僕でいいの。お前でいいよ。僕なんかでいいの。お前がいいよ。言葉を返せず俯けば、変わりに君はこう言った。お前じゃなきゃ、やだ。…僕もね、そんな君がいいよ。ううん、君じゃなきゃ、やだ。言葉にするには、もう少し時間がかかるけれど。

//唯一

【尾浜と鉢屋】※プロ忍
昔から、ただ一つ叶えたい望みがあった。へぇ、そりゃ一体何だい。この手でお前を葬ることさ…勘右衛門!刹那、ぐじゅ、と肉を裂き骨を砕く音が響く。腹に深々と苦無の突き刺さったその躯、鉢屋はそのまま地に伏す。…悪いね、そいつは叶えてやれない。尾浜はそっとしゃがみ込み、息絶えた彼に口付ける。さらば愛しい友よ。耳元で甘く囁き、妖しく微笑み、そのまま首を。

//のぞみ

【斉藤と久々知】綺麗なその手で髪を撫で、うんと甘い声で愛を囁いておくれ。砂糖菓子でも舐めるみたいに、そっと優しく頬に触れておくれ。嫌になるほど愛しいその笑顔で、どうかこの目を潰しておくれ。それならば俺は最高に幸せそうな笑顔で、“嘘吐き”と貴方を罵ることが出来るというのに。

//麻酔

【尾浜と鉢屋】なあ、三郎。よく知った声に呼ばれる。振り返ってこの眼に映るのは、亡くした筈の旧友の姿。「やめろ」ほぉらよく見ろ三郎、そっくりだろう。そいつは笑う。「やめろと言ってるんだ」何故?お前と“同じこと”をしているだけさ。愛した筈のその唇から繰り返し紡がれる、三郎三郎、と私の名がまるで呪詛のように。「やめろ!やめてくれ…勘右衛門」亡くした筈の旧友、不破雷蔵によく似た顔で、そいつは笑う。歪な仮面の奥にあるその素顔は、笑っているのか、それとも。

//かそう

【数馬】きっと誰も気づいてくれないだろうと、諦めていたから。僕は、いつだって俯いて歩きました。けれどある時、擦れ違うその瞬間に、貴方と小さく肩が触れたのです。「あ、ごめん」その一言が何より嬉しかったこと、貴方はきっと知らないでしょうね。ねぇ、今より少しだけ胸を張って歩いたなら、貴方は「おはよう」と、僕だけに笑ってくれますか。

//すける人

【鉢屋と黒木】もしも一つだけ願いが叶うなら、お前は何を望む。貴方の言葉に、そうですねと僕は腕を組む。「生憎、何も思い付きません」その答えに貴方は、庄ちゃんってば欲がないなぁと苦笑い。だって先輩、この広い世界で貴方に出会えたこと、それ以上の幸せを望むほど僕、欲張りじゃないんですよ。

//無欲

【池田と川西】愛とか恋とか、人は面倒なことに拘るなぁ。そう言った君は、退屈そうに欠伸を一つ。ねぇ、三郎次。そんなら君の隣に居たいと願う、僕のこの気持ちは何なんだい。愛とか恋とかだったなら、面倒な奴だと笑うのかい。それならお前は何なんだい。

//何様

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