消えた二人の委員長の段(前)
「潮江先輩が消えたぁー!?」
会計委員三人の声が、真夜中の忍たま長屋に響く。
「ああ…完璧に計算し終えた帳簿だけを残してな」
四年ろ組田村三木ヱ門は険しい表情で腕を組む。
「そういえば昼頃から姿を見ていない…。もしや何処かで迷子になってるのでは!?ぼく、探してきま…」
勢いよく立ち上がった三年ろ組神崎左門の袖を、三木ヱ門が強く引っ張る。
「馬鹿左門っ!お前が行くとミイラ取りがミイラになるだけだ!」
「ミイラ鳥がミイラに…そんな鳥がいるんですか?」
一年は組加藤団蔵は首を捻る。
「ミイラ取りがミイラになる、人を連れ戻しに行った者が先方に留まって帰ってこられなくなることだよ」
一年い組任暁左吉は得意げに胸を張る。
「アホのは組はそんなこともわからないのかぁ?」
「わ、わかってたよそれくらい!」
左吉に馬鹿にされ、団蔵はムッと口を尖らせて言い返す。
「やめんか一年ボウズ!今から安藤先生に確認をとってくる。お前たちは左門を抑えておけ」
そう言って三木ヱ門は部屋を出ていった。
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「ん?あれは…喜八郎?」
四年い組綾部喜八郎が、長屋の庭に穴を掘っていた。
…夜中だというのに迷惑な奴だ。
「あれぇ、三木ヱ門」
薄暗闇の中、二人の視線が交わる。
「お前、会計委員会委員長潮江文次郎先輩を見なかったか?」
「いや。会計委員長もいないの?」
「も?」
「実はかくかくしかじか…」
「作法委員会委員長立花仙蔵先輩もいないぃ〜!?」
「三木ヱ門、夜中は静かにしなよ」
「なっ、お前には言われたくない!」
…二つの委員会の委員長が同時にいなくなる、どうしてそんなことが?
三木ヱ門は眠気で朦朧とする頭を働かせながら、安藤先生の部屋の戸を叩いた。
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「安藤先生も潮江先輩の行方については何も知らないそうだ…」
三人が待つ部屋の戸を開け、三木ヱ門は告げる。
「今日はもう夜遅いし、とりあえずお前たちは寝……ってもう寝てるし!!」
三木ヱ門は独り溜め息を吐き、部屋の隅に重なって寝息をたてる小さな後輩たちに布団をかけた。
「潮江先輩…いつもご苦労様です…トホホ…」
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二人の委員長がいなくなって二日目の朝。
「おはよう乱太郎!」
「おはよう団蔵!」
顔を洗う一年は組猪名寺乱太郎に団蔵は声をかける。
「そうだ乱太郎、実は昨日から潮江先輩の姿が見えないんだ」
「えっ、潮江先輩が?」
「うん。伊作先輩に会ったら何か知らないか聞いてみてくれる?」
「わかった!」
午前の授業を終え保健委員の当番の時間になると、乱太郎は医務室に向かった。
「失礼しまー…あ、伊作先輩!」
「ああ、いらっしゃい乱太郎!」
医務室には、保健委員会委員長六年は組善法寺伊作と一年ろ組鶴町伏木蔵、二年い組の川西左近がいた。
乱太郎が医務室に入ると、床には大量のポケットティッシュが積み上げられている。
「ど、どうしたんですかそれ!?」
「ああ、これかい?この前留三郎とトイレットペーパーの買い出しに町に行ったら、たまたま福引きをやっててね」
「全部ティッシュだったんですか?」
「うん、全部ティッシュだった!」
伊作は満面の笑みで答えた。傷の手当てにも使えるからだろう、本人は至って満足そうだが、これは恐らく…。
「これだけ引いて、全部六等だったんですね…伊作先輩…」
「えっ?」
「いえっ、なんでもないです」
やはり彼は不運だ、と乱太郎は改めて思った。
「じゃあ当番頼むよ!」
「はー…」
そこで、乱太郎は不意に朝の団蔵との会話を思い出す。
「ああっ!そうだ伊作先輩、潮江先輩が何処に行かれたか知りませんか?」
「文次郎が?いや…知らないなぁ。あ!そういえば今日の合同授業、文次郎と仙蔵が欠席してたような気が…」
「立花先輩も?そうですか…わかりました」
…二人ともいないなんて、と乱太郎は首を傾げる。
「他の六年生なら、何か知ってるかもしれない。聞いてみるといいよ!」
「はいっ、ありがとうございます!」
伊作が医務室の戸を閉める。二人の会話を密かに聞いていた伏木蔵は、楽しげに呟いた。
「消えた二人の委員長…これは事件だよ〜」
伏木蔵が勢いよく立ち上がる。
「わっ、どしたの伏木蔵!?」
その衝撃でティッシュの山が雪崩をおこし、不運にも近くにいた左近が生き埋めになった。
「スリルとサスペンスぅ〜!!」
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放課後、団蔵と一年は組の笹山兵太夫は二人で教室掃除をしていた。
「潮江先輩もいなくなったぁ!?」
「も?」
「実は、かくかくしかじか…」
「えぇー!?立花先輩もぉー!?」
団蔵は、きちんと絞っていない雑巾をべちゃりと床に落とす。
「ぼくは…あの二人は重要な忍務の最中なんじゃないかと思ってる」
「に…忍務?」
「六年生だし、優秀ない組だろ?きっと依頼される忍務も、相当難易度が高いのが回ってくるんだよ」
確かに学園一忍者してる先輩アンド燃える戦国作法の異名を持つ先輩のことだ。その可能性は高い。
「あ、いたいた団蔵ー!」
そこに、乱太郎が飛び込んでくる。
「伊作先輩に会ったんだけど、かくかくしかじかで…他の先輩にも聞いてみたらいいって」
「そっか…わかった、ありがとう!」
「他の先輩に会ったら、聞いてみよっか」
「うん」
団蔵と兵太夫は、顔を見合わせて苦笑した。
その日の作法委員会、会計委員会の活動は、いつも通り行われた。委員長抜き、という形で。
…たった二日、彼らが学園にいないだけで。
「なんだかちょっと…」
「調子狂うなぁ…」
作法委員、会計委員の溜め息が重なった。
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次の日になっても、やはり彼らの姿は学園になかった。
団蔵は何処か暗い面持ちのまま、食堂で昼御飯を食べていた。
「団蔵、隣いいか?」
「七松先輩!?」
団蔵が顔をあげると、そこには体育委員会委員長六年ろ組七松小平太が蕎麦を乗せたお盆を持って立っていた。
「ど、どうぞ!」
「ははっすまんな!」
小平太はがちゃんと大きな音をたて、テーブルの上にお盆を下ろす。蕎麦の汁が大きく波打った。
「七松先輩、潮江先輩は…二日前から何処に行かれてるんでしょうか?」
団蔵がまごつきながら訊ねる。
「文次郎?んー…行き先は言ってなかったなぁ」
「では、忍務…でしょうか?」
「わからん。忍務についてあまりベラベラ喋らないのが忍びだからな」
団蔵はこれといった情報を得ることができず、ガックリと肩を落とす。
「ま、まぁ、まだ二日いないだけだし…僕の考えすぎですよね!ほらっ、細かいことは気にするな!でしたっけ!?あはっ、ははは!」
「あ、そういえば」
小平太はズルズルと蕎麦を吸い込み、大きく喉を鳴らしてから、言った。
「文次郎のヤツ、二日前の朝、“悪いが後のことはよろしく頼んだ。会計委員会の奴らが困ってたら、助けてやってくれ”とか言ってたな」
団蔵の笑顔が、ピシリとひび割れた。
偶然にも、その会話を聞いていた者がいた。学級委員長委員の五年い組尾浜勘右衛門アンド一年い組今福彦四郎。
「先輩、これは…」
「ああ…すごいスリルぅ〜」
「人の台詞を真似しちゃダメですよ!」
「ああ、これは庄左ヱ門の真似」
「え?」
「人の台詞をとる庄左ヱ門の真似!」
「ま、紛らわしい…!」
「とにかく今日の委員会で三郎に教えてやろう!」
…他の委員会が大変だというのに、尾浜先輩のこの楽しそうな笑顔。
学級委員長委員会ってどうしてこうもイタズラ好きが多いんだろう、と彦四郎も呆れたように溜め息を吐いた。
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放課後、委員長を欠いて二度目の作法委員会が行われた。
「綾部先輩っ委員長代理なんですから、穴ばっかり掘ってないで作法委員らしい活動をしましょうよ〜!」
三年は組浦風藤内は困り果てていた。六年生がいない今、歳の順で喜八郎が委員長代理を努めていたのだが、彼は突然「じゃあ穴掘りをしよう」と言い出したのだ。
…立花先輩、委員長不在での作法委員会の予習なんてしてませんよぉ…!
伝七と兵太夫が反対するのにも耳を貸さず一人で穴を掘り続ける喜八郎は、誰にも聞こえないほどの声で呟く。
「…ごめんよ藤内。“作法委員らしい活動”って何をすればいいのか、僕にはわからない」
…いつも、委員長が指示をくれてたから。
「あーあ。立花先輩…早く帰ってこないかなぁ」
からりと音をたてて、彼の踏鋤が地面に転がった。
「穴掘り、厭きちゃった」
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伝七と兵太夫は堅苦しく正座をしながら、先輩からの指示を待った。
「どっ、どうでしょう浦風先輩、今日のところは合戦の作法を勉強するというのは?」
作法室に漂う微妙な空気、沈黙に耐えかねた伝七が藤内に提案する。
「そ、そうだな!よしっ伝七、兵太夫、図書室に行って本を借りてきてくれ!」
「はいっ」
二人は慌てて作法室を飛び出す。
「こら、畳の上は走らない!」
庭の向こうから、喜八郎が二人に声をかける。兵太夫と伝七は、一瞬驚いたように目を丸くした。
「…なに?」
「い、いえっ、失礼しました!」
喜八郎は無意識だったかもしれないが、それは…作法委員長である仙蔵によく言われる言葉だったのだ。
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「失礼します」
図書室に来た二人は、本を幾つか手にとり、カウンターに運んだ。
「貸出お願いしま…あっ、中在家先輩!」
図書当番の席には、図書委員会委員長六年ろ組中在家長次の姿があった。
…他の六年生なら、何か知っているかもしれない。
「あの、中在家先輩!立花先輩がかくかくしかじかで…」
「ふむ…それなら心当たりがある……」
「「本当ですか!?」」
二人は目を輝かせて声をあげた。長次は口許に人差し指をあてる。お口にチャック、二人は慌てて口をつぐんだ。
「二日前の朝…仙蔵がやたらと大きな風呂敷を抱えて…正門を出るのを見た……」
「「ななななんですとー!?」」
兵太夫と伝七が声を揃えて叫ぶ。本の整理をしていた図書委員の一年は組摂津のきり丸と、一年ろ組ニノ坪怪士丸が二人の方を振り返った。
「図書室ではお静かに…!!」
長次の不気味な顔がずい、と二人に迫る。
「「ひ…ひいいぃすみません〜」」
コホンと咳払いをして、長次は話を続ける。
「…私がどこへ行くのかと尋ねたら仙蔵は…疲れた………と言い残し……去っていった……」
「「そっ、そんなああああー!!」」
兵太夫と伝七は真っ青になって頭を抱えた。
「くぉらああお前たち喧しいぞぉぉぉー!!」
本の整理をしていた二年い組能勢久作に追い出されるようにして、二人は図書室を出た。
「二人とも…本の返却は早いめに……」
その一部始終を、図書委員の他にも目撃していた者達がいた。一年は組山村喜三太アンド一年は組福富しんべヱ。
「ねぇしんべヱ聞いたぁ〜?」
「うんっ、聞いた聞いた!」
「どうしようっぼくたちの大好きな立花先輩がぁ〜」
「喜三太っ早くみんなに知らせなきゃ!」
「うんっ!」
しんべヱと喜三太は図書室を一目散に飛び出していった。
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