消えた二人の委員長の段(中)

「「浦風せんぱーい!!」」

ガラリと勢いよく開け放たれた戸、入り口付近に座っていた藤内が思わず茶を吹き出す。

「もぉ〜そんなに慌ててどうしたんだ二人とも!」

藤内は咳き込みながら振り向く。

「おっ、本は借りてこられたんだな、御苦労!じゃ、さっそく作法を…」

「そんなバヤイではありません!!」

「えぇっ!?じゃあどんなバヤイだ?」

二人は、長次から聞いた話をそのまま伝える。

「たっ…立花先輩がああー!?」

開いた口が塞がらない藤内の背中を、離れて二人の話を聞いていた喜八郎がぽんと叩く。

「はい、それじゃ作法委員会をはじめまーす」

「あ、綾部先輩…そんなバヤイじゃ…」

「立花先輩がいてもいなくても、僕らは作法委員でしょ」

そう言って喜八郎は、二人が借りてきた本を手に取る。

…僕がしっかりしなきゃ。いつも沈着冷静な、あの人みたいに。

「いいかい、合戦場では……」

喜八郎は、淡々と語り出した。そこに穴掘り小僧の姿はなく、整ったその横顔は、あの人の姿と重なって見えた。

**********

夜遅くまで、会計委員会は帳簿計算をしていた。

「団蔵、どうした手が止まっているぞ」

「す…すみません…」

三木ヱ門に注意をされても、団蔵の右手は一向に動く様子はない。
「なんだ団蔵、いつも以上に酷い字だな」

左吉の嫌味にも、反応を示さなかった。

「団蔵、何かあったのか」

算盤を弾く手を止め、左門が団蔵の目を見て訊ねる。

「潮江先輩のことについてなにか知ってるな?」

「……!!」

団蔵はギクリと体を強張らせる。
「左門!もう止め……」

「田村先輩は黙っててください!」

左門は三木ヱ門の言葉を遮る。

「団蔵、話してくれないか。潮江委員長は…お前の先輩であり、僕らの先輩でもある」

根負けした団蔵が、重たい口を開いた。

「実は…かくかくしかじかで…」

話を聞き終えた三人は、複雑な表情を浮かべて黙り込む。

「潮江先輩もしかして…危険な忍務を引き受けたから…“生きて帰れなかったら僕らのことを頼む”って言ったのかも…」

左吉が泣きそうな声で呟く。団蔵も、同じことを考えていた。

…潮江先輩が死ぬ?そんな筈はない、だが…。

「僕は、潮江先輩が僕らを残して死ぬ筈がないと思う!」

左門は、はっきりと言い切った。不安の色は、その瞳になかった。
よく言ったさすが決断バカだ、と三木ヱ門は心の中で左門を誉める。下級生を不安がらせてはならない。

「当然だろう、私たちの委員長は、そんなひ弱な男ではない」

三木ヱ門も左門に続く。できるだけ平然とした顔をして、いつも通りの態度で。二人の言葉に、団蔵と左吉は黙って耳を傾けた。

「ほら、お前達はもう寝ろ。残りは私がやっておく」

そう言いながら、三木ヱ門はふと前にこんな台詞を聞いたことがあることを思い出した。

…そうだ、潮江先輩の言葉だ。鼻から魂が抜け出た下級生達を先に部屋に帰し、いつもあの人は徹夜で仕事を終わらせていた。

団蔵と左吉は渋々と立ち上がり、部屋を出る。

「…なんだ左門、お前は寝ないのか」

左門は未だに席を立つ様子はなく、山積みの帳簿と向き合っている。

「僕は大丈夫です。だって田村先輩も…潮江先輩と寝ないで帳簿つけ、してたじゃないですか!」

…左門のヤツ、知っていたのか。

会計委員長をの代わりを務めようとする三木ヱ門同様に、左門もまた、自身の置かれた立場を理解し、その責任を背負おうとしていた。

「…先に寝ないで下さいよ?会計委員会委員長代理!」

「…ふん、望むところだ」

算盤を弾く音は、朝まで鳴り続けた。

**********

委員長がいなくなって四日目の朝。

今日は休日だったが、殆どの生徒は学園に残っていた。

「おはよう団蔵」

「庄左ヱ門!」

一年は組の学級委員長、黒木庄左ヱ門が団蔵に声をかける。

「昨日は随分遅くまで委員会してたんだね」

「うん…三日前に会計委員会の予算が合ってないのが判明して、一から計算し直しだよ…」

団蔵は大きな欠伸を漏らす。

「でも、会計委員長の潮江先輩がいないんだろ?なら、活動も休みにすればいいのに…」

苦笑する庄左ヱ門に、団蔵はきっぱりと言った。

「それは出来ないよ、予算の管理が俺達会計委員会の仕事なんだから!」

もしかしたらまた俺の字が計算ミスの原因かもしれないし…、と団蔵は力無く笑う。

「すごいや、うちの委員長代理も会計委員を見習って欲しいよ」

…メンバーが一人欠席するだけで委員会自体がなくなる学級委員長委員会とは大違いだ。

「へっくしゅん!」

「三郎、風邪かい?」

「そうかもなぁ…」

その時忍たま長屋では、学級委員会委員長代理、五年ろ組鉢屋三郎が盛大なくしゃみをした。

「誰かがお前の噂をしてるのかもね」

五年ろ組不破雷蔵が笑った。


**********

ところが、昼頃には学園内は二つの噂で持ち切りだった。

潮江遺言説。

立花蒸発説。

噂が噂を呼び、尾ひれをつけて各学年、各委員会にまるで伝言ゲームのように伝ってしまったその話は、随分と大袈裟な内容に変わってしまっていた。

──火薬委員会では。

「聞いたか伊助!潮江先輩が卒業前だというのにマイタケ城のスカウトを受け、雇われ忍者になったそうだ」

「えぇっ本当ですか?」

「ああ、久々知先輩がそう言ってたんだ」

「えぇー?僕はドクタケ城の誘いを断って、冷えた肉野菜に命を狙われてるって聞いたよ〜?」

「あ、おーいっみんな!」

「久々知先輩!」

「お豆腐食べない?」

「三郎次先輩、今日の火薬委員会は…」

「ああ、豆腐パーティーだな…」
「そんなことで…」

「「「いいんかい!!!」」」

「えっ、皆どうしたの?」

──生物委員会では。

「おい聞いたか三治郎、立花先輩が忍者を辞めて実家に帰るって!」

「虎若それほんと〜?俳諧の道を究めるって旅に出たんじゃないの?」

「違うよ三治郎っ!その風呂敷にはでーっかい爆弾が入ってて…」
「生きるのに疲れて、死……」

「「「孫次郎縁起でもないこというなぁー!」」」

「おほーお前達、何話してるんだ?」

「「「竹谷せんぱーい!」」」

「うぉっ、一辺に喋るなああ!一人ずつ、ほら!」

「では僕から。竹谷先輩、カメムシ越冬隊が逃げ出したのですが…どうしましょう」

「孫兵…お前なぁ…。生物委員、マイ箸の用意はいいかぁー?」

「「「はーいっ」」」

「よしっ生物委員会、活動開始ー!!」


**********


団蔵と左吉アンド兵太夫と伝七は、飛び交う噂に戸惑っていた。どれが事実かわからない、ただ確かなのは、今ここに委員長はいないということだけ。

四人は校庭に座り込み、ため息をついた。

「何がどうなってるんだ…」

すると、側の草むらがガサガサと音をたてた。

「誰だっ!」

団蔵は咄嗟に持っていた帳簿を投げつける。

「痛てて……」

草むらから現れたのは、伏木蔵だった。

「なんだ、伏木蔵かぁ…」

曲者ではなかった反面、団蔵は少しガッカリした。

…もしかしたら、潮江先輩かもしれないと思ったのに。

「あ、ねぇねぇ…彼処の木陰で面白いものが見れるよ…ほらぁ」

伏木蔵が指差す木陰には、用具委員長、六年は組食満留三郎が座り込んでいた。

「食満先輩…?」

「そう。戦うのが大好きな食満先輩があんなに項垂れてるなんて…これは事件だよ〜!」

団蔵は左吉、伝七、兵太夫に目配せして、頷く。

「行ってみよう」

…まだ話を聞いていない六年生は食満先輩だけ。もしかしたら、何か知っているかもしれない。


**********

「ねぇ、藤内!お昼ご飯にウドン食べに行かない?」

三年は組三反田数馬が、教室で授業の予習をしていた藤内に声をかける。

「あー…ごめん!これから作法委員会があるんだ」

両手を合わせて、藤内は申し訳なさそうに誘いを断る。

「立花作法委員長がいないのに、委員会活動するの?」

「まあね!ほら、僕らいつもいつも頼ってばかりだからさぁ…」

藤内は、そっと瞼を閉じた。

「委員長がいない委員会活動の予習もしなきゃ、ね」


**********

四年の忍たま長屋の廊下に、その二人の姿はあった。四年い組平滝夜叉丸が、擦れ違う三木ヱ門に声をかけた。

「ふ、噂は聞いたぞ三木ヱ門!ここ数日潮江先輩の行方がわからないそうだな!まあ、よかったではないか、鬼の会計委員長がいないと平和で…」

「滝夜叉丸、委員長の苦労を知っているか」

「ん?何を言う、いけいけどんどんの七松委員長のことだ!暴君と呼ばれるあの人が苦労などされてる筈が…」

「委員長に感謝したことはあるか」

「感謝?私達体育委員は昼も夜もいけどんマラソンに駆り出され…」

「お前も覚えておけ…無くしてから気づく、優しさもあるんだ」

「何を言って…あっ、おい何処にいく三木ヱ門!」

「此処にいたのか滝夜叉丸ー!」
「はっ、この声は…」

背後には、暴君が仁王立ちをしていた。

「なにをしている!これからいけどんマラソンだ、ほらっ!」

「は…はいぃ〜!」

滝夜叉丸は、その背を追いかけた。


**********

三年ろ組の忍たま長屋では、三年ろ組富松作兵衛が縄を両手に二人の少年を捕獲していた。

「だから、厠くらい一人でいけるのに」

左手には左門、右手には三年ろ組次屋三之助。二人の腰に括られた縄は、作兵衛の握る縄へと繋がれていた。

うるせぇ馬鹿迷子、と三之助を一蹴し、作兵衛は左門に向き直る。

「そうだ左門、その…二人の委員長の噂は聞いたぜ。もし…本当に命を狙われてたら……!」

妄想癖の作兵衛は、噂に加え更に悪い方向に想像し、真っ青になった。

「作兵衛、僕は根拠のない噂は信じない。僕が信じているのは、潮江文次郎会計委員長だけだ」

ひゅう、と三之助が口笛を鳴らす。そうか、と作兵衛も安心したように表情を和らげた。

「さすが、決断力はあるな!」

「ああ!委員長がいない今…きっとこの決断力が試されているんだ」

左門の言葉に、二人は頷く。

「あっ、いけね!俺、体育委員会のいけどんマラソンあるから、グラウンドに行かなきゃ」

「へぇ、休日に大変だなぁ…」

「じゃ、行ってくる!」

「待ちやがれ三之助!俺が連れてい……っとその必要はねぇようだな」

「え?」

作兵衛の視線の先には、長屋に向かって駆けてくる二人の少年の姿が。

「四郎兵衛!金吾!」

三之助の後輩、体育委員の一年は組皆本金吾アンド二年は組時友四郎兵衛だった。

「次屋せんぱーいっ!早くいきましょうー!」

「七松先輩と滝夜叉丸先輩も待ってるんだなー!」

「おー!じゃあな二人とも!」

作兵衛は三之助の縄を離す。代わりに彼の手を、二人の後輩がしっかりと握った。何処にもいかないように、離れないように。

**********

[ 3/29 ]




[しおり]



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -