「松川先輩、世界史の資料集貸してもらえませんか?」
「あれ?なまえちゃん世界史の資料集なんて持って帰ってんの?」
三年生の中で、選択授業の世界史をとっているのは松川先輩だけだと聞いていたが、その通りだったようで机の中から少し厚めのそれを出してくれた。
パラパラと風をたてて捲る。
普段なら持って帰らないけれど、もうすぐテスト期間ということもあり授業があることを忘れて持って帰っていた。
ぱらりと捲れた歴史の人物一覧のところで、ふとあることが思い出されて声が出た。
「松川先輩って誰が好きです?」
先輩は、へ?っと素っ頓狂な声を上げてこちらを見た。
あれ?変なこと聞いただろうか?
「ナニ?突然俺と恋バナ?」
「え!?」
何がどうなったらそういう話になったんだろう!?
一瞬頭を悩ませたら、プハっと盛大に吹きだされた。
「歴史上の人物の話?」
「あ、はい…その、つもりでした…」
恋バナとか、そんなつもりじゃなかったのに、恥ずかしくなって顔に熱が集まる。
いや、別に恥ずかしくなるようなことないんだけど、先輩が笑うから…。
「この間、ちらっとマリーアントワネットが出てきて…なんか、松川先輩に彼女がいたらこういう感じの人っぽいと思ったので」
「ごめん、なまえちゃん、詳しく説明して?俺ってそんなイメージなの?」
「え、すみません…勝手な憶測で…なんとなく気が強そうな年上の女性に好まれそうだなあって」
及川先輩や花巻先輩より、岩泉先輩と松川先輩は野性的な男性ぽくて、岩泉先輩はどちらかというと年下とか同世代に好まれそうだし、松川先輩は年上の美人なお姉様に好かれそう、という本当に勝手な憶測だ。
「ええ…そんな風に見えてんの?心外だわー…」
「ご、ごめんなさいッ!でも、資料集は貸してください…!」
思わず頭を下げれば、また愉快そうに笑われ、ぽすんと頭に乗せられる資料集。
「ほんとなまえちゃんって面白いね。貸してあげるからさ、なまえちゃんの好みも教えてよ」
「…好み…それは恋バナ的な意味で?」
「モチロン」
別に私は松川先輩の好みを聞いたわけじゃなく、あくまで好かれそう、という意味で聞いただけなんだけどな。
すこしニヤニヤと意地悪く笑う松川先輩に見られる。
「うーん…私を好きな人が、好きです」
少し考えて出した答えは、とても自己中心的なものだった。
好かれる努力云々は別にしても、どんな人にだって純粋に好きって言ってもらえるだけで嬉しいし、ドキドキすると思う。
恋愛の経験なんて乏しいから、言えることかも知れないけれど。
「へぇ、好きって言ってもらいてーの?」
先輩はそんな私の心を見透かしたようで、細めた目で顔を覗きこまれる。
ほら、その言葉だけで、こんなに緊張してしまってドキドキしちゃうんだ…。
そういうわけじゃ…と言いながら逸らしたけれど、きっと肯定してるって松川先輩にはバレてしまうだろう。
「そ?じゃあさ、俺、なまえちゃんのこと好きだから、射程範囲にいれてもらっていい?」
まるで、資料集借りてもいい?ぐらい簡単にそんなこと言ってのけてるけれど、私の中では理解不能な外国言語のように聞こえた。
パードゥン?
「早く行かねえと、授業遅れるぞ」
呆れたように笑われて、時計をチラリとみれば、始業まであと三分。
「五限の授業で使うから、昼休み、返しに来てネ?」
オーバーヒートの頭と借りた資料集を抱えて、足早に教室へ戻る。
バクバクと鳴る心臓は走ったから?それとも?
昼休みまでに、先ほどの言葉の意味を考えさせられた…。