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ギルバートの画面で開いていたNAZUや国立天文台の映像が、一斉に眩い光を放った。
籠ったような爆発音と共に、流星のように夜空を滑空していたカプセルが弾き飛ばされるのが解った。いち早くズームアップしたのは事情を知っているNAZUのカメラで、よくよく見ればカプセルのパラシュートが開いているのが確認できた。

「あれー?」
「何にも映らなくなっちゃった!」
「まさか、ぶつかったんじゃねえ?」

リビングでは、子供たちがコントローラーを抱えて怪訝そうな声を上げていた。哀ちゃんは漸く肩から力を抜き、ギルバートの画面から体を起こした。

「……どうやら、うまくいったようね」
「ええ、そうね。哀ちゃん、サポートありがとう」
「殆どギルバートのお陰じゃない」
「そんなことないわ。あなたのお陰で、誤差の範囲も5メートル以内まで絞り込めた」

ギルバートのカプセル落下予測地点の計算を元に、私達2人で必死に爆発させる地点の算出をしたのだ。3人の算出した位置をすり合わせ、誤差を可能な限り少なくしてから、コナン君と零さんに情報を伝えたのである。

「驚いたな。君達は、一体……」

日下部検事にコードを聞き出すのに協力してもらった羽場さんは、こちらが一段落つくまで発言を控えていた。ギルバートのことは海外の研究者だと言っているが、彼の疑問は私やギルバートではなく哀ちゃんに向いているようだった。
哀ちゃんは小首を傾げて微笑んだ。

「小さな探偵さんの、協力者ってところかしら?」

その笑顔のまま私と顔を見合わせる。確かに、コナン君と哀ちゃんは零さんと私の関係に似ている。
甘え合う関係ではなくて、得意とする分野が違ってもサポートし合える、背中を預けられるパートナー。コナン君にとってのそのポジションは、意外とレアなものかも知れない。

やがて零さんの元に、カプセルの軌道を逸らすことに成功したという知らせが入り、まずは犯人の身柄を抑えようと零さんの部下が声を掛けた。
大人しく引き下がろうとする日下部検事に、コナン君が再びスマホを向ける音がする。
羽場さんは彼の意を汲んで、日下部検事への言葉をカメラに向かって紡いだ。

「日下部さん、私達は、今でも一心同体です」
「ああ……」

硬い表情で頷いた日下部検事の両手首に、すかさず手錠がはめられた。羽場さんは複雑そうな顔でそれを見守っていたが、その両目が徐々に見開かれた。

「……二三一!」

突如その場に響いた、一人の女性の声によって。

*****

カメラの中で、羽場が驚きに目を瞠るのが解った。突然乱入してきた人物は、肩で息をしながらコナン君の手元を見つめている。
弁護士の橘境子―――風見の協力者として、今回毛利小五郎を無罪にするようにと指示を受けていたはずの人間である。彼女は羽場が生きていたことと、彼が日下部検事の協力者であったことに、ひどく衝撃を受けたようだった。
彼女はコナン君の、あなたも協力者だったんですね、という指摘に拳を握り込んだ。

「ボウヤ、訊いたわね。何故二三一を雇ったのかって。司法修習生を罷免された彼に、公安警察は要注意人物として目を付けた……」

そう、彼の熱すぎる正義感は、進む方向を間違えればテロリストと似たような思想になるかも知れない。そこで僕達は彼を監視させる目的で、橘境子の事務所に事務員として送り込んだのである。
やがて2人は惹かれ合い、恋人同士になったのだと橘境子は言った。

その言葉に、コナン君が一瞬僕を見た。何を言いたいのかは解っているが、僕は敢えてその視線を無視した。

橘鏡子もまた、日下部検事と同じように1年前の事件で羽場を助けようとした1人である。だから羽場が自殺したと聴き、彼女もやはり僕ら公安警察を恨んだのだという。

「事務所を畳み、協力者として復讐の機会を狙ってたの」
「そんな時に、小五郎のおじさんを無罪にするように弁護を命じられたんだね」

コナン君の推測に、彼女は低い声でええ、と答えた。

「何故公安警察が彼を無罪にしたいのか解らなかったけど、それなら有罪にしてやろうと思ったの」
「無関係な人たちを巻き込んで!?」
「二三一の復讐のためには、仕方なかったのよ!それが、まさか……、公安警察の保護で生きていたなんて」

知っていたらこんなことにはならなかった、と言って彼女は泣き出した。
彼女にはもう、協力者として力を借りることはできないだろう。僕は風見に、彼女を協力者から解放すると告げた。風見はそれに頷いて、羽場に会いたければここに行くがいい、と住所の書かれた紙を手渡そうとする。
しかし、橘鏡子はその手を乱暴に振り払った。


「思い上がるな!!!」


風見は何を言われたのか解らないという顔をしていた。払われた紙は夜風に乗って、ヘリポートから地上へと舞って行く。

「あんたの協力者になったのも私の判断、あんたを裏切ったのも私の判断、彼を愛したのも私の判断!―――私の人生全てを、あんたたちが操っていたなんて思わないで!!」

風見の胸を拳で叩きながら、彼女はそう叫んで涙を流した。
これは彼女の意地なのだ。失ってしまった恋人への想いと、果たせなかった復讐にけりを付けようとする彼女なりのけじめなのだ。
やがて憑き物が落ちたように、彼女は肩を落として屋上を後にした。その背中を見守りながら、羽場もまた静かに泣いていた。

かつて愛した者同士が、こんな別れを迎えることもあるのだ。僕は自分の身に置き換えて、少しだけ顔を顰めた。風見に向き直り、静かに指示を出す。

「例えどんなに憎まれようと、最後まで彼女を守れ。それが、」
「我々、公安です」

風見は心得たように答えて、すぐに彼女を追って行った。



静けさを取り戻したヘリポートで、僕はコナン君を振り返った。

「君のお陰で、日本を貶めるテロリストを逮捕できた」
「いつテロだと思ったの?」

もっともな質問に、僕は君の推理通りだ、と返した。彼は最初から、僕が国際会議場の爆破をテロだと疑っているのではと指摘していた。
彼は僕が何故無関係の人間を犯人に仕立て上げたのか、そしてどうして急に解放したのかもすっかり当ててみせた。僕は感心するやら呆れるやらで、溜息を吐きながら苦笑する。

「凄いね、君は。全ての謎を解く」
「いや。まだ解けてない謎がある」

彼はそう言って肩に力を込めたが、その手に持ったスマホが頻繁に点滅していることに気付いた。さっきからずっと光ってるよ、と指させば、彼は画面を確認してから録音メッセージを聴くためにスマホを耳に押し当てた。

それと同時にスマートウォッチが振動し、さくらから着信が来たことを知る。

「どうした、さくら?……何!?」

僕が声を荒げたことに気付き、コナン君は慌てて僕を見上げた。

「さっきの爆発で、カプセルの軌道が不規則に変わったでしょう?ギルバートに追跡を続けてもらってたんだけど、変わった先が東京湾の埋め立て地の、―――エッジ・オブ・オーシャンなの!」
「エッジ・オブ・オーシャンには、都民の3万人が避難しているカジノタワーがある!」

僕がそう叫んだ時、コナン君はたった今聞いたばかりの録音メッセージの内容を、短い言葉で伝えてきた。


「カジノタワー!?……そこには今、蘭が……!」


コナン君の声が俄かに緊迫感を帯びる。僕もさくらも、それを聴いて声を喪った。
その言葉が今考え得る最悪の事態であることは、どうやら間違いなさそうだった。


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