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「早く……、早く羽場をあそこから避難させてくれぇ!!」
「日下部検事!」

日下部検事は取り乱しながら、警視庁の屋上へ向かって駆け出した。
零さんの左手首からの音声をスピーカーで聴きながら、私はぎょっとして思わず腰を上げた。羽場二三一は現在私の目の前で、哀ちゃんの設置したカメラに向かって語り掛けている。警視庁のヘリポートには、今誰もいないのだ。

羽場さんの身を案じ、わざわざカプセルの落下予測地点に向かおうとする正義感は立派だが、本音を言えばさっさと安全圏に避難して欲しかった。日下部検事が屋上へ向かったということは、零さんやコナン君も彼を追いかけていくだろう。

思った通り、日下部検事は全速力で警視庁の屋上まで到達した。コナン君や零さんが追い付けないほどの速さだというのだから、全く持って恐れ入る。

「羽場ッ、どこだ!!」

ドローンが映し出した映像に、日下部検事が羽場さんを捜して辺りを見渡す姿が映った。続いてコナン君と零さんの姿も。零さんの姿を記録媒体に残す訳にはいかないから、このデータは事件後即抹消ね、と一人で呟く。

「……どういうことだ……」
「彼はここには居ない」

零さんは静かに答えた。日下部検事はうろたえながら、ケータイでは確かにここに居たはずだ、と言った。
あなたが見ていたのは合成映像だ、と零さんは種明かしをした。

つまり、さっき少年探偵団のみんなに飛ばしてもらったドローンを使って警視庁のヘリポートの風景を撮影し、その上に博士の家で撮影した羽場さん本人の映像を合成したものを、哀ちゃんがコナン君に配信していたのである。屋外にいるように見せかけるために、私やギルバートは風を送ったり雑音を加えたりという地味な作業をしていた。

「彼は今、安全な場所にいる」

零さんのお墨付きをもらった日下部検事は、心底安心したと言うように表情を緩めた。
そこにコナン君の硬い声が割り込む。

「安室さん、軌道修正できていないとしたら、落下位置はやっぱり……」
「ああ。4メートルを超えるカプセルが、秒速10キロ以上のスピードでここに落ちてくる!」

それを聴いて、ギルバートは小さなクリック音を残して沈黙した。画面を見ればいくつものウィンドウに、NAZUをはじめ日本の国立天文台などの“はくちょう”が大気圏に再突入した映像が映し出されていた。

彗星のように尾を引きながら、花火を散らすかのようにはくちょうは探査機本体の命を散らしていた。そのほんの数メートル先に、同じように光を放ちながら飛来している物体がある。
こんな時でなければ、とても幻想的で美しい光景に見えたことだろう。

「ギルバート。これがカプセルなの?」
「その通りです。さくら、哀さん、よろしければお手伝いをお願いします」
「手伝いって、何をすれば?」
「私は今、警視庁の上空1万メートルでのカプセルの落下予測地点を計算しています。さくらと哀さんには爆薬をどこで爆発させるべきか計算していただいて、私達のデータを突き合わせましょう。それを彼らにお伝えいただきたいのです」

爆薬?と私と哀ちゃんが首を傾げた時、まるで私達の会話が聞こえているかのように、画面の向こうでコナン君は思いがけない提案をした。

「安室さんなら、今すぐ爆薬を手に入れられる?」
「耐熱カプセルを破壊するつもりか?」
「いや」

彼はここで一旦区切り、短く否定した。

「太平洋まで軌道を変えられるだけの、爆薬だよ」

その言葉に息を呑んだのは、彼と直接会話をしていた零さんだけではなかった。
爆風を利用して、落下してくるカプセルの軌道を変えようだなんて発想が、一小学生にできるものか。
私は哀ちゃんを振り返った。

「……凄いこと考えるのね、あの探偵さんは」
「まあ、これまでにも何度か爆風にはお世話になってるしね」

哀ちゃんが肩を竦めた時、零さんも私と同じようなことを言って嘆息した。小さな名探偵は自信たっぷりの口調で、答えの解りきった質問をした。

「他に方法ある?」

ふ、と吐息だけで笑って、零さんは部下の風見さんに連絡を入れた。

「風見、至急動いてくれ。―――ああ。公安お得意の、違法作業だ」



それからの行動は早かった。公安鑑識が押収した爆発物で一番威力の大きいものを風見さんが用意する。それをヘリポートを撮影していたドローンで運び、カプセルの至近距離で爆発させる計画だ。ドローンを開発した博士は若干涙目だったけれど、次世代機の開発を私も手伝うと言ったら喜んで賛同してくれた。

私達が爆発させる地点を算出し終える頃、予想通りコナン君から哀ちゃんに連絡がきた。

「灰原、悪い。至急計算して欲しいものが、」
「もう済んでるわよ、探偵さん」

哀ちゃんは呆れたような声音で告げた。

「えっ、もう済んでるって……」
「爆弾を爆発させる位置の計算ならもう済んだわ。あなたのスマホと安室さんのスマートウォッチに、その場所の位置情報を送ってるから確認して。ドローンからの中継映像も、送った方がいいのかしら?」

哀ちゃんはこちらを見上げて悪戯っぽく笑った。私が微笑み返した時、コナン君も哀ちゃんからのメールを確認したのか、感心したような呟きが聞こえた。

「すっげ……。サンキュ、灰原!映像を見ながらの微調整は俺が指示を出すから、元太たちにはうまく言っといてくれ!」
「解ったわ。あなたも、無茶しないでね」

2人の会話が終わると、私はドローン飛ばし隊の3人に、博士の大事な荷物を運ぶお手伝いをして欲しい、と頼みに行った。

*****

この国の運命を、そうとは知らない3人の子供たちに託すことになるなんて、この事件に巻き込まれた当初は思ってもみなかった。

俺は探偵バッジを通じて博士の家の面々と会話をしながら、起爆装置になるケータイへの発信をする準備をした。

「あれ?機体がふらつきますねぇー」
「博士の荷物が重いんじゃなーい?」
「もうその辺に置いていこうぜー!」

爆弾を運ぶドローンを操縦しながら、光彦たちは好き勝手なことを言っていた。慌てて博士がそれを止めて、なんとか話の方向を修正する。
すると、歩美が心配そうな声を上げた。

「でも本当にいいの?あたしたちが、はくちょうのカプセルを近くで撮影しちゃって」

これまでも封鎖されたエッジ・オブ・オーシャンの撮影を嬉々としてやっておきながら、今更すぎる疑問である。俺は小さく笑いながら、大丈夫、と答えた。

「警察から許可は出てる」
「本当?コナン君」
「ああ。だから、しっかり撮影してくれよ?」

言いつつ隣を振り返る。警察と言っても、公安警察だけどな、と心の中で付け加えておいた。

安室さんは左手首に向かって小声で指示を出していた。あれは半年前の事件の時、ギルバートとかいう男の人がさくらさんからの通信を伝えてきた端末だ。今の会話の相手もギルバートさんなのだろうか。

(一体何者なんだ、ギルバートさんって)

赤井さんとも知り合いのようだから、てっきりFBIの関係者なのかと思っていたのに。
カプセルの軌道を変更させたあとでさくらさんに訊いてみよう、と決めて、俺はスマホを安室さんに手渡した。

「安室さん、これでタイミング取れる?」
「ああ……」

安室さんは灰原から送られてきたドローンの映像をじっと見つめた。真剣な眼差しに、この人は本当に日本を守ることを最優先に考える人なんだと改めて実感する。
探偵バッジから、光彦の暢気な声が聞こえてきた。

「カプセルに近付きまーす!」

(頼んだぜ、オメーら……)

俺はもう祈ることしかできなくて、燃えるはくちょうの光が彩る空を仰いだ。
そこでふと、隣で安室さんが小さくカウントダウンをしていることに気が付いた。

「6、5、4……」
「3、2、1……」

その声が誰かの声と重なっていると気付いた瞬間、

夜空を大きく震わせて、ドローンが運んでいた爆薬が爆発した。


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