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都内を走る電車の中で、手に持っていたスマホが発火した。
首都高を走る車のカーナビが潰れ、取調室のパソコンが火花を噴いた。
洗濯機が回転を止めず、エアコンの室外機が発火し、電気量販店の売り場が騒然となった。
「本日行われている東京サミットのため、厳戒態勢が敷かれている東京都内で、次々に起きている不可解な現象について。警視庁からはまだ正式な発表はなく、国内だけでなく、サミット参加国を中心に、不安と批判の声が日本政府に届いています」
ニュースキャスターが冷静に都内の騒動を伝える間にも、それを報道するべき電化製品が暴発を始めた。
そして阿笠博士の家のキッチンでも、電気レンジが火花を散らして動きを止めた。
「博士!」
「お、おお、さくら君」
「一体どうしたんですか?悲鳴が聞こえましたけど、」
私は現場の状況を目の当たりにして絶句した。やっぱり私がさっき考え付いた通り、犯人は今日も仕掛けてきた。
「博士、このレンジは―――IoT?」
私は半ば確信しながら質問した。博士は怯える子供たちを宥めながら、ああそうじゃ、と肯定する。
慌ててテレビを点け、他所の被害状況を確認すると、その規模は都内全域に及んでいた。
―――これはテロだ。IoT家電を使った、無差別テロ。
犯人は28日にも同様の手口で、国際会議場を爆破したのだ。実際に目にすると、その効果と規模に唖然とする。
こうして再びIoT電化製品を使っての大規模なテロが起きたと言うことは、待機していたNAZUのNorノードが通信を傍受して、発信源を特定してくれるはずだ。
私はキッチンを出て、再び自分のノートパソコンと向かい合った。
「ギルバート、都内の現状とIoTテロの報告、そして動機が羽場二三一であることを零さんに伝えて!」
「先ほどさくらが呟いていた内容のメモに追記して、既に彼のスマホとスマートウォッチに送信済みです。それから例の少年も、あなたと同じ結論に辿り着いたようですよ」
ギルバートの指摘を受けて、私は盗聴しているコナン君のスマホの音声に改めて意識を集中させた。彼はどこぞの道路を高速で移動しながら、警視庁の目暮警部という人に電話を掛けていたのだ。
「犯人は、ネットにアクセスできる電化製品を、無差別に暴走させてるんだ!だからネット接続を切れば、暴走は止められるよ!」
「…………」
「国際会議場で見つかった圧力ポットも、IoT家電のはず。犯人はネットでガス栓にアクセスし、現場をガスで充満させてから、IoT圧力ポットを発火物にして、サミット会場を爆破したんだ!」
この短時間で限られた情報を拾って、私と同じ結論に辿り着くなんて。これが、零さんが自分よりも早く事件を解決に導けるかも知れないと期待した、彼の実力なのだろうか。
彼は一体何者なのだろう、という疑問が、またしても胸に沸き起こった。
「そ、それじゃ……」
「うん。小五郎のおじさんには、できっこないよ!」
彼は弾んだ声でそう言った。そしてその背後から、蘭ちゃんの声が聞こえてくる。
「それ、本当!?」
「へっ?……ああああ、って新一兄ちゃんが言ってたから、それじゃよろしくね、警部さん!」
コナン君は一方的にそう告げて、やや乱暴に通話を切った。けれど私は盗聴をやめられなかった。
蘭ちゃんの声を、帰国してから初めて聴いた。
それも当然である。毛利さんを無理矢理犯人に仕立て上げるために、私は様々な工作を行ったのだ。とてもではないけれど、彼女に合わせる顔がなかった。
「新一、頑張ってくれてるんだね。お父さんのために……」
けれど蘭ちゃんのほっとしたような声を聴いて、ずるいけれど私も少し救われたような気分になった。事件がきちんと解決したら、ちゃんと会いに行こう。違法捜査のことを口外する訳にはいかないから、面と向かって謝ることは出来ないけれど、心の中で精一杯の謝意を伝えよう、と私は心に決めた。
*****
さくらからの伝言とコナン君の声が届いたのは、ほぼ同時だった。
かつてないほどの強力なサポーター2人が、口を揃えてIoTテロだという。これ以上確かな情報はないだろう。僕はすぐにその旨を裏の理事官に報告した。
一連のテロの手口を突き止めて、ついに事件化に成功した。これでやっと、事件化のために行ってきた違法捜査に片を付け、毛利小五郎を解放出来る。
その指示を風見に直接与え、僕はさくらからもらったメモを見返した。羽場二三一の死が犯行の動機で、狙いが公安警察であるのなら、犯人はあの人だろうと思っていた。それを裏付けるかのように、毛利小五郎の起訴に関して、犯人は不自然な言動を取り続けている。
あとは、今日発生したテロのアクセス元をNAZUが突き止めてくれさえすれば、令状を取って堂々と身柄を確保しに行ける。
そう考えて少しの間待っていると、NAZUから情報を受け取った警視庁公安部の人間から着信が入った。
「降谷さん、駄目です!アクセス元を特定できません!」
「何!?」
「今回使われたNorに、バグが意図的に仕込まれていたんです!NAZUのシステムでは、発信元を追えません!」
僕は舌打ちしたい気持ちでいっぱいだった。肝心なときにこれっぽっちも役に立たない。
「解った、それはこちらでなんとかする。そのバグは、こちらのデータベースを攻撃するものではないんだな?」
「は、はい!今の所、データベースは無事です!」
その返事に適当に相槌を入れて、僕はすぐさまさくらに連絡を取った。きっと怒られるだろうが、無茶を承知でごり押しさせてもらおう。
「はい、零さん?」
「さくら、情報ありがとう。すぐに報告させてもらった、毛利小五郎はじきに釈放されるだろう」
「っ!よかった……。それで、犯人は特定できそうなの?」
「ああ、ある程度確証はある。だが今回のIoTテロで、NAZUがNorの匿名性を解除できないと言ってきた。だから、あの人が犯人であるという証拠がまだない」
さくらはここで黙り込んだ。僕が言おうとすることがすぐに理解できたのだろう。
これだから、僕は彼女を手放すことが出来ないのだ。
「ねえ、まさかとは思うけど」
「そのまさかだ。君に頼みたいことがある」
さくらはちょっと待ってよ、と言って声を荒げた。
「言ったはずよ。NAZUのD-WAVEに匹敵するほどの処理速度のプロセッサは持っていないって」
「“匹敵する”んじゃなくて、D-WAVEを凌ぐ処理速度のスーパーコンピュータなら持っている。だろう?」
「…………」
さくらが返事をしないのをいいことに、僕は畳みかけた。
「君が今、ドイツで研究している量子コンピュータ。コア総数48896のインテルをインフィニバンドFDR10を介して接続しているマレノストルム・コンピュータを使った、世界最速のスーパーコンピュータを使えば、この状況を打開できないか?」
「あなた……」
「君の研究のことを、僕が調べないとでも思ったか?」
同じ世界を全て共有することは出来ないが、少しでも彼女の世界を知りたいと思うのは、惚れた弱みと言う奴だ。僕はこの半年間、彼女がドイツで何を研究しているのか、時間があればチェックしていた。
さくらは観念したように小さく笑った。
「できない、という答えは聴いてもらえないわよね?」
「よく解ってるじゃないか」
「ああ、もう!―――あなたのためじゃなかったら、こんなサービスしないんだから!」
彼女は珍しく子供のように大きな声を上げて、2時間待て、と言った。
「2時間で何とかするから、そちらも状況が変わり次第連絡してよね」
「ああ、助かる。……愛してるよ、さくら」
通話を切ると、僕は車を走らせるために立ち上がった。
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