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阿笠博士が新たに開発したというドローンを見せてもらうため、俺達は博士の家に遊びに来ていた。よく晴れた空にいかついドローンが飛ぶ様は、まあ微笑ましいと言えなくもないのかも知れない。

「わあーっ」
「すごーい!!」
「あっという間に飛んでったぜ!」

元太、光彦、歩美の3人は新しいおもちゃが出来たと大はしゃぎで、今も争うように1つしかないリモコンを奪い合っている。

「随分高く飛ぶんですねぇー」
「俺にも見せろよ!」
「あたしにもーっ」

自分の発明が大受けしたことが嬉しいのだろう、博士は得意げにドローンについて解説を始めた。

「ふっはっは。高度1万メートルを30分飛行できるんじゃぞえ!」

ドローンの世界記録に匹敵するであろう性能を嬉々として披露する博士に、俺は冷めた視線を向けた。

「にしても、そんな高度でどうやって操縦するんだ?」

地上からの電波が届くような高度ではない。下手に上空で操縦できなくなって墜落でもしたら危険どころでは済まないだろう。
すると俺の呟きを聴いた灰原が、横から口を挟んできた。

「衛星の通信を使ってるのよ。だから、離れていても操作できるの」
「ふーん……」
「機体から送られてくる映像と、緯度経度の情報を頼りに飛ぶんじゃが、方向、速度、カメラの操作を3つ同時にせにゃならんので難しくてのう」

頭を抱える博士に、俺はどうしてこんなドローンを作ったのか尋ねてみた。すると博士は男のロマンじゃ、と言い切った。これがあればエベレストに実際に登らなくても、登った気になれるだろうと。
何だか色んな法律に触れそうな発明だが、それでいいのだろうか。領空侵犯とか、国防問題になったら面倒臭いと思うのだが。

「―――さて、CMの後は、開催迫る東京サミットの最新情報をお送りします」

点けたままになっていたテレビから気になるニュースが聞こえてきて、俺は室内に入った。来週の5月1日に行われるという東京サミットは、新しく出来た統合型リゾートのエッジ・オブ・オーシャンの国際会議場で開催される予定である。
当日には2万2千人もの警官が都内の警備に駆り出されるらしく、今日も今日とて新しい施設の点検作業が行われているらしい。

「こういう風に、事前に国際会議の場所を公表しちまうのも難しいよな。どうしてもテロの標的にされやすくなるだろうし」
「真っ先にそんな発想になるのもどうなのよ……」

俺の呟きを拾った灰原も、ニュースを聴くためにテレビの前にやって来た。
やがてニュースは無人探査機“はくちょう”が、サミットと同じく5月1日に地球に還ってくる話題に切り替わった。火星からの試料採取を終えた探査機は、その日の夜に戻ってくる予定らしい。

「帰還する際は探査機本体を大気圏で燃やし、直径約4メートルの地球帰還カプセルだけを、大気圏に再突入させます」

大気圏に再突入した後は、カプセルについたGPSで落下地点まで誘導し、太平洋にパラシュートで落下するよう設定されているのだという。落下地点の誤差は半径200メートルまで絞り込むことが出来るらしく、こういう話は俺より灰原の方が得意だろうな、と俺は向かいのソファに座る奴を見やった。

灰原はというと、思った通り興味深そうに話を聴いていて、今度さくらさんと一緒にこのカプセルの軌道修正のプログラムについて話そうかしら、と呟いていた。

久しぶりに聴く名前である。彼女がドイツに帰る前にもらったボードゲームは、今も暇なときに遊ばせてもらっているが、本人の話を聴くのは半年ぶりだった。

「え、さくらさん、まだドイツにいるんじゃないのか?」
「何でも、3週間ほど休暇を貰って帰国するんですって。今日か明日の予定だけど」
「そっか。元々春には帰国するって言ってたもんな」
「ええ。楽しみだわ、今度は泊まりに来てもらおうかしら」

こいつがこんなに誰かに懐くというのも珍しい。だが、楽しそうに目を輝かせている様は確かに俺と同年代の女なのだと感じさせた。

庭では子供たちが勢い余ってドローンを博士にぶつけそうになったらしく、3人が平等に操作できるようにリモコンを3つに分けようか、と博士がぼやく声が聞こえた。
何やってんだあいつらは、と呆れそうになったものの、これはこれで平和な一幕だな、と思っていたその時、ニュースキャスターの緊張した声が聞こえてきた。


「番組の途中ですが、たった今入ったニュースです」


ついさっきこの番組内で紹介されていたエッジ・オブ・オーシャンで、大規模な爆発が起きたというのだ。俺達は息を呑んでテレビ画面を見つめた。
恐らく1階の日本庭園をイメージした料亭と思われる建物の内部から、突然の爆炎と熱風が辺りを包んだのが解る映像が流れる。俺はテロの可能性もあると思って博士を呼びに外へ出た。

「もしかしたらテロかも知れない!」
「じゃが、サミットは来週じゃろう。事故かも知れんぞ」

テレビの前へ戻って映像を確認してもらったが、博士は俺の見立てより楽観的な意見を述べた。ニュースは現在事故か事件かを調べているということと、警備に当たっていた警察官が数人死傷したという事実を淡々と伝えた。
博士は心配そうに眉を顰めたが、光彦が呼ぶ声に応じてまた庭に出て行った。

「そうか……。言われてみれば、サミット前にテロを起こしたら、本番までに警備が厳しくなるだけだよな」

博士の意見も一理ある、と俺が一人ごちた時、灰原が何かを考え込むように俯いていることに気が付いた。どうした、と尋ねると、灰原は戸惑うような声を出した。

「爆発直後の、防犯カメラの映像……」
「何か映ってたのか?」
「一瞬だったし、見間違いかも知れないけど。あの人が……、ポアロで働いてる安室透さんが映ってたの」
「安室さんが!?」

あの人がこの現場にいたということは、今日警備を担当していたのは公安警察ということだろうか。だとしたら今回の件も、そう大きな混乱に陥らずに解決するだろう。

「じゃあ、もしかして亡くなった警官って……」
「あの人の仲間の公安警察かも知れないわね……。こんな風に死んでしまうこともある場所に大切な人を送り出さなきゃいけないなんて、さくらさんも気が気じゃないでしょうね」

ただでさえ、半年前の事件で大事な人を亡くしたばかりなのに。そう言って灰原は目を細めた。

「大事な人?」
「あっ、いえ、こっちの話よ。ただ、あの観覧車での事件で死んだのは、キュラソーだけじゃなかったって話」

灰原とさくらさんしか知らない話なのだろうか。あまり勝手に詮索しても怒られるような気がして、俺は口を噤んだ。
灰原が安室さんに対して以前ほど怯えた様子を見せなくなったのも、やはりさくらさんの力なんだろうな、と俺は取り留めのないことを考えていた。

まさかこの後、安室さんと正義を巡って争う羽目になるなんて、この時の俺には予想も出来ていなかった。この国を守る公安という組織が、どれほどの力を持つものであるのかも。

俺の日常には何の影響も及ぼさないと思っていたことから思わぬ火種が飛んできて、理不尽に事件に巻き込まれるという体験を、俺はこのあと初めて味わうことになる。


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