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来る5月1日に、わが国日本で国際サミットが開かれることとなり、会場となる東京湾の統合型リゾート施設“エッジ・オブ・オーシャン”の警護を警視庁公安部、刑事部、警備部が持ち回りで担当することになった。エッジ・オブ・オーシャンはカジノタワー、ショッピングモール、そしてサミットの会場となる国際会議場を含む施設から成り、新たな観光名所として客足も期待されているリゾート地である。埋め立て地と本土を繋ぐのは2本の橋のみで、周りには2層のモノレールが周回している。

この日、4月28日は警視庁公安部が警備を受け持つ日であり、統率のために僕も現場で朝から点検に当たっていたのだが、見取り図を見ていて僕はあることに気が付いた。
この会場のガス栓は、ネットを通じてアクセスすることが可能であるということに。

(IoT電化製品か……。これを使えば、遠隔操作で会場にガスを充満させることは簡単だろうな)

IoTとは“Internet of Things”の略で、あらゆるモノがインターネットを通じて接続され、モニタリングやコントロールを可能にするといった概念・コンセプトのことである。身の回りのあらゆる物にコンピュータが組み込まれ、ネットワークで接続されるといった考え方は、これまでにも“ユビキタス”等のキーワードで提唱されてきた。それを電化製品に組み込むことで、外出中でも家のエアコンや炊飯器などに接続し、帰宅する頃には部屋の温度を快適にしたりご飯の準備をしたりすることが可能になった。

この会場が初めてネットに接続されたのは今日である。杞憂に終わればそれに越したことはないが、念には念を入れておくべきだろう。そう思って、僕は公安鑑識にガス栓の点検をするよう指示を出した。

「ひょっとしたら、ネット上からガス栓を第三者に操作されるかも知れない。悪いが、点検に回ってくれ」
「解りました」

短い返答を受けてインカムを切った所で、左腕のスマートウォッチが点滅した。すっかり僕の相棒として活躍してくれている、人工知能のギルバートからの通信である。
僕はスマートウォッチの右ボタンを6回クリックした。

「ギルバート、どうした?」
「ハイ、降谷さん。通信は良好です。それはともかく、奇妙な音が聞こえます」
「奇妙な音?」

この端末にカメラは無いが、その分マイクの感度は精巧だ。雑踏の中でも葉擦れの音一つ聴き洩らさないという彼が言うのだから、看過してはいけないものだろう。

「はい。空気よりも濃度の濃い気体が、急速に吹き出しているような……。一度、全員を外に退避させてください」

その言葉に、先ほどガス栓をネットから操作できるという自分の考えが脳裏を過り、僕はインカムに向かって叫んでいた。

「―――総員退避!外へ出ろ!」

次の瞬間、耳を劈く轟音と共に地面が揺れ、爆風が辺りを包み込んだ。

*****

久しぶりに降り立った羽田空港で、私は思いっきり伸びをした。

「んー、10時間以上のフライトは疲れる……」

ルフトハンザ航空など、ドイツからの直通便を使えば時間はもっと短縮できるが、費用が馬鹿にならないということもあり、私はいつも北欧を経由して帰国するルートを選択していた。フライト中に寝ると気圧の変化で耳がやられるので、基本的にいつも映画を観て過ごしているのだけれど、今日は機材トラブルのせいでその娯楽すらなかったのだ。多少のぼやきは見逃してもらいたい。

去年の秋以来となる祖国の空気に、私は自然と頬が緩むのを感じていた。普段ならば仕事の都合でしか帰って来られない故郷に、今回は完全に休暇を取って帰ってくることができたのである。
3週間という長くもない期間だが、会いたい人と遊ぶには十分すぎる時間だった。ポアロに挨拶に行って、高校の時の友達に会って、大学に寄って先輩や後輩と飲んで。

そして、零さんと会う約束をしていた。

ラインでのやり取りは時折していたし、協力者として捜査のための情報を探っては度々提供したり、必要なアプリを開発して送ったりしてきたものの、彼は多忙な人間だし私だって暇人という訳ではない。直に会うのは実に6カ月ぶりである。
それでも、帰国する旨を伝えたらあっさり会おう、と言ってくれたことが嬉しかった。まるでこの6カ月の空白なんて無かったかのようだ。

(零さん、喜んでくれるといいな……)

私はキャリーバッグに目をやって、中に入っているお土産を頭に思い浮かべた。それから緩みそうになる頬を軽く叩き、バス乗り場まで移動する。

今日は時差ボケが酷いから、ホテルにチェックインしてゆっくり寝よう。そう心に決めていた。まだ午前中だが、今日は頭が働く気がしない。

しかし、その決意は一本の着信によって、実にあっさりと崩されることになる。


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