1ラック開始





ライというスナイパーと組むようになったのは、バーボンとバディを解消された直後からだ。彼も兄が死んだ現場に居合わせた男である。私はそれとなく事情を聴いてみることにした。

バーボンさんが荒れてました。スコッチって人が死んだって聞いて。
ほぉー、彼は君の前でそんな顔を見せたのか。
荒れてたっていっても、亡くなったその日だけですけどね。あなたもその場にいたんでしょう?
さあ、どうだったかな。
あれ?彼は裏切り者だったから、―――あなたが粛清したんだって聴きましたけど。
そんな噂を流してくれるような仲間が既にいるんなら、俺が教育係についてやることもないんじゃないか?

彼はそう言って皮肉げに笑った。煙草の煙が緩く彼の顔を縁取って、灰色の空に昇っていく。

やだなあ、聴いたのはバーボンさんからですよ。
ほぉー、彼は君の前ではよほどお喋りになるんだな。
バディを解消されちゃって、せっかくの情報源がなくなっちゃったんです。だからライさんに教えてもらおうと思って。スコッチさんを殺したのは、本当にあなたなんですか?

今なら素直に認めることが出来るけど、この時の私は駆け引きというものが絶望的に下手だった。ライに兄の死に際のことを喋らせようとしているのに、結局私の方が余計に喋ってしまっていたのだから。

彼は私がスコッチという男に関心があるのだということをすぐに見抜いて、そしてその理由を知りたがった。何故組織に入ったばかりの私が組んだこともない幹部のことを嗅ぎまわっているのかと、初めはそれなりに警戒されていたと思う。
警戒したいのはこちらだ。何が哀しくて最愛の兄を殺した男に、こうして銃の扱いの教えを請わなければならないのか。そもそも私は銃の取扱いに関して素人じゃない。

本音を言えば、今すぐこの男を縊り殺してやりたかった。けれどライという男はとにかく隙が無かった。例えば私が彼を暗殺しようとスコープを覗いた瞬間、脳天を打ち抜かれているのはこちらの方だろう。



3カ月ほど組んで、お互いの人柄も解ってきた頃、彼は私が何故スコッチの死について調べているのかはっきり把握してはいなかったようだけど、それでも私を納得させるためにこう言った。

スコッチは確かに俺が殺した。ひかり、お前が何故あの男の死に拘っているのかは知らないが、もしも復讐したいと思うのなら止めはしない。
だから、俺を殺せるくらいに強くなれ、と。

馬鹿にしている、と思った。私もバーボンも、彼を喪ってどれほど傷付いたと思っているのだ。バーボンなんか自分が駆けつけた瞬間に、目の前で幼馴染に死なれたのだ。トラウマなんてもんじゃない。
けれど彼の言葉ももっともだった。今の私では彼に到底太刀打ちできない。だから彼の下で牙を磨き、いつかその咽喉元に食らいついてやると決めた。

そうしてしばらく接するうちに、本当に彼が兄を殺そうとしたのかと疑問に思うようになったのだ。むしろ兄が死んで傷付いているのはこの人も一緒じゃないのかと、いつからか私は気付き始めた。

そうと確信したのは、一緒に取り掛かっていた任務で私がへまをして、危うく敵に殺されそうになった時だった。

私が囮になってターゲットをおびき寄せ、ライが遠距離で狙撃する。それがいつものパターンだった。この日も私はいつものように、目の前で脳漿をぶちまけて絶命したターゲットを冷ややかな目で見下ろして、その場を去ろうとした。
インカムに向かって語り掛けようとした瞬間、死んだターゲットの仲間が路地から躍り出てきた。咄嗟に相手の懐に飛び込み、そいつが持っていたコルトパイソンを奪ったものの、男はまだ他の銃を隠し持っていた。
コルトパイソンの装填数は6発だ。対して男がにたりと笑って懐から出してきたベレッタは13発装填できる。しかもこのコルトパイソンはシングルアクションのかなりの旧式だ。相手は私に不利な武器を奪わせるために、わざとこちらを手に持っていたのだと気付いた。

死ぬかもしれない、と思った。1発撃っては隠れ、撃っては隠れを繰り返すうちに、シリンダーの残りは1発だけになった。壁の向こうからは、数か所弾が掠ったものの致命傷には至らなかった敵が、しつこく私を狙っている声がする。私も脇腹に1発くらっている。あまり派手な立ち回りは出来ない。

私が軽くパニックに陥りかけた時だった。インカムに、ライの静かな声が聞こえてきた。
向かいの建物まで走れ。お前が向こうに付くまでに、カタを付けてやる、と。
その言葉に、震えそうになっていたコルトパイソンの銃口が、自然と上を向いていた。
ナイフの切っ先を僅かに路地に出し、敵との距離を十分に測る。そしてある1点に狙いを付けて、ハンマーを起こした。
最後の1発は、路地に掛かっていた古い看板に命中した。鎖の千切れたそれが敵の頭上を襲い、男が頭を庇った隙に、向かいの路地に向かって地面を蹴る。

そして、ライの放った弾丸が敵のこめかみを貫いた。

男は障害物を振り払い、私に向かって来ようとした体勢のまま、恐らくは自分が絶命したことも認識していない表情でぐらりと体を揺らした。どさり、と地面に重い体が打ち付けられた音が響く。

私は向かいの路地の壁に背中を付けた状態のまま、そろりと相手の様子を伺った。と同時に、ライの声が鼓膜を震わせる。終わったぞ、今から迎えに行く、と彼は言った。
ありがとうございます、と答える前に通話は切れた。私は手に持ったままだったリボルバーをじっと見つめ、兄が死んだ日の事をぼんやりと思い返していた。

ライは自分が兄を殺したと言ったけれど、よくよく遺体を調べてみれば、彼は恐らく自殺をしようとしたのだろうと誰かが言っていた。

試しに自分の胸に銃口を向けてみる。トリガーを引こうとしても、ハンマーを起こしていなければ指の力だけで撃発させることは不可能だ。
ハンマーを起こす。普段は人差し指を掛ける引き金に、親指をのせる。
それを引こうとした瞬間、銃身は誰かの手によって、私の手ごと上から押さえつけられた。
ライの無骨な手が、鋭い眼差しが、私を抑圧しようと殺気を放っていた。

―――何をしている?
あなたこそ、そんなに慌ててどうしたんですか?これ、もう弾残っていませんよ。

へら、と笑ったつもりだった。けれど彼は、震えるほど力を込めた手で私の手からリボルバーを抜き取った。

普段は気付かなかったが、今の表情を見て解った。……君は、スコッチの血縁なんだな。

彼の指先が私の目尻をなぞった。兄と唯一似ていると言われた、猫のように吊り上った目尻を。

妹です。もう何年も会っていなかったけど。
……そうか。ここへは、兄を追って来たのか?
そうかも知れないし、別の目的があるかも知れませんね。どうしてそんなことを?
俺は、君が追って来た兄を殺した。
ふふ。ライさん、もう嘘を吐くのはやめてください。

私は確信していた。彼は兄を殺したのではないと。弾が残っていないと解っているのにあれほど慌てた様子で私を止めようとしたのは、同じことを目の前で繰り返されるのが嫌だったからだ。
そんな彼が、頑なに自分が兄を殺したと言い張る理由は何だろうか。心当たりは一つしかない。誰かを、庇っているのだ。

今の表情を見て解りました。あなたは、自殺しようとした兄を止めたかったんですよね。けれど止められなかった。そこに誰かがやって来たから。
それ以上詮索するのはやめろ、ひかり。
その誰かとは、バーボンさん。でしょう?
やめろと言っている!

いつも嫌味なくらい落ち着いているライが、こんなに声を荒げている。それが、私の言葉が正しいのだということを何よりも証明していた。
じわじわと脇腹から血液が失われていく。私はそこを押えながら、これから自分が何を為すべきなのか考えていた。本国に言われた任務をこなすことは大前提として、である。

兄の仇を、この手で殺す。かつてライに抱いていた、その気持ちに偽りはない。
だからいつか、あの男―――バーボンを、私がこの手で殺してやる。

兄と同じ穏やかな微笑みを浮かべながら、私は掌に爪が食い込むほど拳を固く握りしめた。


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