03

 それから季節は葉の色も爽やかな緑色から鮮やかな赤へと変わる。
 俺は相変わらず学生生活を満喫していたし、あの一件から偶に秀英(シゥイン)が任務に付き添ってきたり、手土産と言わんばかりお小言を言ってきていた。
 最近もよく電話で秀英(シゥイン)から、実家の方が面倒な事になっているようで、帰りたくない気持ちが増した。学生生活くらい楽しませてほしいものだ。呪術高専なんて、学校と名のついた職場だけども気にしない。若人から青春を奪わないで欲しい。今しかないのだから。
 しかし、俺の頭にあった面倒な可能性の一つが現実になっていた。先ほども言ったように実家のゴタゴタが日本にもやってきたのだ。

 東京校と京都校での交流会。
 去年は五条センパイの無双で勝利を収めたとのことで、ウチで開催とのこと。

「なんで、センパイ去年勝っちゃったの!?俺、キョウト行きたかった。舞妓さんと遊びたかった

 俺が五条センパイの背中に飛びつき文句を言っていると「うるせえ」と一言で一蹴されてしまう。仕方がないので、俺のポケットに仕込んでおいたお手製のスライムを首下に落としてやろう。センパイって無下限ある癖に俺には気がゆるゆるで、隙がありすぎるのだ。

「ギェッ」

 俺がパッと離れると同時にカエルを潰したような声が聞こえ、そして般若面を被り振り返り猛スピードで追いかけてくる。俺の名前を呼ぶ声と怒号、そして爆発音が聞こえる。
 俺よりもまずは自分の背中をどうにかすればいいのにと思いながら、嘲笑うように地面を蹴った。


 いつも通りの日常風景。いつも通りの追いかけっこ。この後俺が夏油センパイか七海の後ろに逃げるか、夜蛾センセに拳骨落とされて終わるかだけ。
 ただ、なんだか今日は風が俺に向いている気がする。このまま逃げ切れそう。
 センパイを振り切る為に角を曲がろうとした時。目の前に黒い影がさしこむ。避けようと地面を蹴り上げ後方へ宙返り。体操選手のように宙を舞う。そして、地面に足がついたと同時に両手をきれいに上にあげて決めポーズ。

「10点!10点!10点!満点!!」
「0点だ、バカ野郎」
「ぐぇ」

 後ろから首を腕を回され、持ち上げられた。ぷらんと足が宙に浮く。それと同時に首が絞められ、カエルのような声が今度は俺から発される。腕を叩き、ギブアップを宣言すると足がつく位置まで下ろしてもらえたが、鼻で笑われた。

「チビ」
「センパイにとってはみんなチビだろ!俺だって、平均身長はあるんだぜ」
「オマエはそんなかでも1番チビ」
「俺は、まだ成長期なの!センパイなんか、成長痛で夜眠れなきゃいいんだっ」
「もう既に痛いわ!」

 少し緩まっていた腕がぎゅっと絞められ、カエルを潰したような声がでる。俺のことなんてお構いなしに、ニタニタと笑っている。お綺麗な顔が台無し。センパイは顔芸で仮装大賞優勝できると思う。文句なしの大賞受賞だよ。
 俺たちがそんなやり取りをしていると前方から笑い声が聞こえた。その主は俺がぶつかりそうになった男。
 性格の悪そうな切長の目の男。漫画に出てくる糸目タイプの敵キャラのような見た目をしている。センパイはさらに俺の頭の上で顔芸を披露しながら少し腕を緩める。

「ほんま賑やかな人らやるなぁ。ここは動物園やったか?」
「?ならセンパイはウサギちゃんだから、ふれあい広場だな!アンタはきゅーきゅー言いそうだからモルモットね。なんか色もそれっぽいし!」
「は」
「ブフッ」

 俺があっけらかんにそう言うと五条センパイは唾を飛ばすほどの大爆笑。俺の頭の上が汚くなる。対照的にモルモットは顰めっ面。彼が動物園と言ったのになぜ怒っているのかよく分からない。モルモットが気に入らなかったのかもしれない。リスザルとかの方が良かったのかな。猿山の大将って感じにみえるし。

「なんやねん、コイツ。後輩の躾がなっとらんのちゃう?悟クン」
「五条センパイと躾って程遠すぎて笑えるね」
「オマエ、先輩を敬えよ」
「ウヤマウってなぁに?俺、中国人だからわからないアル」

 俺がそう言うと再びセンパイは顔を顰めた。表情が豊かにも程がある。俺は逃げ出そうとするも腕に力が込められ、締め上げられそうになる。しかし、それもすぐに終わりを告げる。俺を五条センパイの腕の中から救い出したのは騒ぎを聞きつけた夏油センパイだった。
 彼は俺を腕から救出し、自身の後ろに下ろすと猿山の大将さんと向き合っている。
 その時空気が凍りついた。
 彼らの間に何があったのかは知らないが、こう言う重い空気は壊しておけとジッチャンが言っていた気がする。しかし口を開くと寸前で夏油センパイに取り押さえられてしまった。センパイはエスパーなのか。

「名前、いい子だから大人しくして」
「む、俺はそんなに子どもじゃない」
「だとしても、彼、面倒な人だから。悟に任せて、七海たちのところへ行っておいで」

 不満を露わにするも口の中に甘いキャラメルを放り込まれ、仕方がなく、本当に仕方がなく「はぁい」と緩い返事だけを告げ、校舎へ向かって歩みを進めようとした。
 黒くぬるい風が俺の足元を吹き抜け、ぞくりと背筋に冷たいものが走る。思わず、地面を蹴り宙に浮かびその場から飛びのくと、五条センパイを取り押さえている夏油センパイの背中へぶつかってしまうが、体幹がいいのか筋肉ダルマなのか分からないがあまりぐらつかず受け止めとくれる。

「センパァイ、ちょっということ聞いてあげられないみたい」

 こんなことができるの者には心当たりがある。あるが、日本ではない。向こうで。
 俺の目の前に現れたのは、黒髪の目つきの悪い男は口元を扇で隠した胡散臭そうな顔。誰にでも噛み付く犬ってところかな。可愛げがない。

「久しぶりだね、銹紅(シューホン)兄さん」
「貴様に兄と呼ばれる筋合いはない」
「そんな釣れないなぁ、兄さん」

 そう言いながら、胸の前で拳を握った右手を左手で包み込み少しだけ頭を下げた。軽く挨拶をしただけなのに鼻で笑われる。
 彼の名前は苗字銹紅(シューホン)。俺の2つ上の兄。半分しか血は繋がっていないのだが、上に3人いる兄の1人。それにしても彼は実家にいるものだと思っていた。基本的に我が家の連中はあまり他国へ行きたがらない。意外と排他的なのだ。祖国が大きいってのもあると言い訳をしておく。
 たが、彼が来ている制服は見覚えのある高専のもので、あの兄さんが態々日本に留学する意味が分からない。

「で、なぜ兄さんが??」
「貴様に言うようなことはない」
「ソーアルカ」
「ふん」
 
 夏油センパイが訝しげに横目で見る目とあう。反対側では五条センパイが変顔をしながら吠えているのか、彼を取り押さえている。

「彼は京都校の人だ。今度の交流会の件だろう」
「その為にわざわざ?」
「負ける前に観光に来たんじゃねぇの?」

 んべぇと舌を出し、中指を立てている先輩はさらに煽っている。
 夏油センパイがチラチラとこちらを見てくる。取り敢えず、面倒ごとは避けたいと。
 本当はセンパイに投げる予定だった、お手製糞爆弾を兄さんに投げつけてもいいのだが後が面倒。それに今、烏の存在がばれて取り上げられたらもっと嫌だ。ここはアレでもしよう。
 落ち葉のベットでお昼寝をした時に紛れ込んだであろう枯葉を手に持ちふっと息を吹きかける。ふわりふわりとソレは舞い上がり、枯葉は人型に切り抜かれる。宙を舞い1枚は猿山の大将さんの元へ。そして、もう1枚は兄さんの元へ。舞い踊ったそれは兄さんが口元を隠していた扇を振るうと、風に乗せた怨念により薙ぎ払われた。
 それをみて得意気に笑う兄さんを尻目にほくそ笑む。しかしその瞬間、先程の葉とは別に後手に投げた式神はぴたりと兄さんの背に張り付いた。そして、前と後ろにいた他校生2人は身体を地に押さえつけられた。その上に見えるのは巨漢。その自重により地面とお友達になっているのだ。そしてあの兄さんは俺を恐ろしい顔で見上げている。

 これは怨念を式に宿すもの。【宿怨】。本来の意味である『かねてからの恨み』ではない。読んで時の如く。『怨念を宿す』ただそれだけの意味。安直だと思うが昔の人はそこまで考えてなかったのだろう。折角ならカッコいい名前ならよかったのに。
 式の材質は紙のほうがいいのだが、葉でも、薄くぺらぺらとしたものならば基本的には問題がない。そこに必要なのは宿すモノと使用者の才能それだけである。

「この、痴れ者がッ!私にこんなことをしてどうなるか分かっているのか!」
「もちのろん。わかってるよ、兄さん。でも、兄さんこうでもしないと黙ってくれないじゃん?」

 俺は人差し指と中指を添えるように2本の指だけでクイっと手前に動かすと兄さん、そして後ろで五条センパイと何やら喚いていた猿山の大将さんが持ち上がった。

「じゃあね、兄さんたち。次争うのはまた今度ってことで」
「なんやねん、君…!」
「俺?俺はただの可愛いネコちゃんだよ」

 校門の方へと連れ去られていく猿山の大将さんたちを見ながら「マァオ」と鳴き、中指を立てながらべぇっと舌を出した。
 立てた中指はそっと夏油センパイに降ろさせられたのは別のお話。

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