02

 その日、俺は激怒した。
 ニューヨークのオシャレな落書きばかりが描かれてある路地裏で俺は、激怒した。

「なんでっ、俺だけ仲間外れなんだよ!?俺も、沖縄行きたい!!」

 電話の向こうからは灰原がお土産買ってくるよ!と明るく言ってくれているが俺にとってはそれどころじゃあない。
 問題なのは、俺に何の報告もなく、同期2名が借り出されて、沖縄を満喫しているのに、俺だけ仲間外れとかズルくないか。俺だけアメリカで、呪霊とお楽しみとか萎える。どれもこれも全部五条センパイのせいだ。アメリカ産のゲロマズお菓子を全部ブレンドして食わせてやる。
 俺はむすりと頬を膨らませ、通話を切り後ろを振り返ると、今回の俺の任務についてきた幼なじみは呆れた様子で呪霊を祓っている。

「名前、落ち着け」
「落ち着いていられるかぁ!」
「今騒いでも仕方ないだろう」
「だって、だって…!」

 ぐっと唇を噛み締める。幼なじみからも慣れたことのように適当にあしらわれるのにも腹が立った。
 どれもこれも呪霊が悪い。俺の沖縄旅行を奪いやがって。
 俺はそんな鬱憤を晴らすように、音を奏でた。


 俺が帰国したのは、沖縄の報告を受けた翌日だった。あの後猛スピードで祓いお土産を買い、実家の持つプライベートジェットで大急ぎで帰ってきたのにみんなは沖縄から帰ってきてるし、学校は暴れたような跡が残ってるし、ぼろぼろだしで置いてけぼりにされた。
 不貞腐れ、ふらりと校内で1番荒れているところを歩いていると人が倒れていた。否、正確には死んでいた。片腕が欠損した質の良さそうな死体。今からコレを処理しようと関係者が集まってきていたが、慌てふためくそれを制し、俺は割り込んだ。

 筋肉の質が他とは違う。この死体はきっと強い。肉体が強くてもこの魂は死ぬ直前に穏やかな死を迎えたのだろう。怨念が強くない。強い怨みや嫉み、恐怖を持って死ぬと甦らせた時に強い僵尸(キョンシー)になる。これはそういったものがあまり感じられない。これは蘇らせた時の強さは零か百か。一か八かという感じだ。
 死にたてのこんな質のいい肉体なんてそうそういない。俺の趣味もあるが俺のモノにしてやろう。呪力を反転させ、身体に触れる。それに俺の呪力を込めれば欠損していた腕が生えてくる。俺は硝子センパイみたいに、生きてる人間には出来ないし、自分にもかけられない。ただ死体限定でならできてしまう。なんとも限定的な反転術式。使い勝手が悪すぎる。いい加減、生者に使わさせて欲しい。

「名前!」

 幼なじみの静止は右から左へ聞き流す。ここでやるなとか、何かあったらどうするだとかウンタラカンタラうるさいんだ。
 専用のホルダーから取り出した横笛に唇を当てそっと息を吹きかける。その場に似合わない涼やかな音が鳴り響く。俺の音に合わせたかのように周りにいた人間達がぴたりと動きを止める。この空間で動いているのは俺と辺りを漂う怨念だけ。

 苗字家は召鬼法や返魂の術を得意とする道士の家系だ。死体を操り、怨念を使役する。今ではそれらを【怨念操術】と呼称しているが、元々あったそれらが術式として昇華し、現代まで受け継がれているだけなのである。
 故に苗字家の術式は正確には術式ではなく、気が遠くなるほどの努力とほんの少しの才能により使用が可能な特殊なもの。その分修行に死者は多いがそれはそれ。改善せねばならないものだが今はどうしようもない。アレがなければ俺たちの術は身につかないのだから。だが、それにより苗字家は血縁よりも能力を重要視する。力さえあれば上に行ける。当主にもなれる。数代前の当主は一般家庭の出身で婿入りしたと聞いている。
 俺は本家の人間だが、本家の人間だからと言って優遇されるわけもなく他の門下生と同様に厳しい修行に明け暮れ、今に至るわけである。俺はちょっと才能と、努力により自由を手に入れた。

 そして今行っているのは死者の肉体、その者の怨念を用い、甦らせる。墓から死者を蘇らせる召鬼法。西洋風に言えばゾンビ、中国風に言えば僵尸にする術式である。この笛の美しい音色とは裏腹に黒くどろどろとしたものを呼び起こす。音は1番の活性剤なのだから。
 もしかするとこの音色は死者の怨念との語らいなのかもしれない。音色が気に入れば、蘇る。気に入らなければ蘇らない。そんなのは夢物語かもしれないが、浪漫があっていいだろう。


 綺麗な音色が響く。それとは裏腹に空気が澱み、空が黒く染まり、鳥の羽音、そしてカラスが笛の音に共鳴するように鳴いた。ピクリと死体の手が動く。それが合図。ラストスパートをかけるように笛を奏でる。曲の一覧の盛り上がりに合わせ、死体の身体が律動する。まるでB級映画のようなその光景。この場にいた呪術師関係者からも小さな悲鳴が聞こえる。見慣れてないのかな。見慣れていた方がいいと思うぞ。
 俺が鳴らす音が終わると男はゆらりゆらりと起き上がる。まさに映画のゾンビのように。どうやら成功したみたいだ。肉体と怨念が同化しているのが感じとれる。
 つまりは成功だ。
 さて、後は最後の仕上げ。

「オマエの名前は今日から(ウー)だ」

 ソレは言葉を発することなくコクリと頷いた。
 名前とは縛りだ。それに名付けることにより、それは自身のものとなる。名前に意味などはなく、なんとなくで決める人が多いという。俺の知っている中では麻雀の牌が偶々目についたからとチュンと名付けた人もいたと聞いたことがある。
 後ろで頭を抱えてる幼なじみを無視して俺は歩を進めた。

「よぉし、烏!出発進行!」
「待て、名前!!オマエ、許可はとったのか!その前に御当主様になんて説明をすれば…」

 烏は俺を軽々と抱き上げると俺が指さす方へと歩き出した。慌てた様子で俺らの後ろをついてくる幼なじみにはんべぇと舌を出し嘲笑った。

「名前!!」
「追いつけるもんなら、追いついてみろよ!秀英(シゥイン)!」

 俺は高い高い空を見上げながらケラケラと笑った。


 烏に運ばれついた先には皆んなが集合していた。烏の存在を見た夏油センパイと悟センパイが目を丸くし、構えてた。生前何をしたのやら。俺には関係ないのだけれど。生者は死を持ってその生を終える。死者は蘇らない。つまりは生者のいざこざに死者はあまり関係ない。死して尚呪おうとする輩はいるが、そういった者達は自我をなくし呪霊として産まれ変わる。 死んだ肉体や怨念を扱っている俺が言う話ではないのだけれど。
 俺が扱っているのは怨念。魂ではない。魂に付着していた負のエネルギー。それらを元の肉体に戻し操るのだ。実際の魂は天に召され、輪廻の輪の中へ。肉体にも魂の残穢が残っているがそれはそれ。本体は既に輪の中だ。俺ができのは次の生では幸せにと祈ること程度。

「名前!君は一体なにを…」
「なにって、この身体を俺のものにしただけだけど?」
「言い方があるだろう」
「えー、じゃあ秀英(シゥイン)が説明しといて」

 俺は烏に地面に下ろしてもらうと幼なじみである孫秀英(ソン シゥイン)は、肩で息を切らし、頭を抱え少し眉を下げならセンパイたちに歩み寄ってくる。面倒事は幼なじみに丸投げ。俺の部下になる男なんだし、これくらいいいだろう。俺は秀英(シゥイン)から奪い取ったお土産を烏に持たせ、軽い足取りで寮へと戻っていった。
 俺たちの術式についてバラしてもいいのか。という疑惑はあったが苗字家の術式なんて秘匿にしておくようなものでもないし、バレても問題はないだろう。
 後ろから秀英(シゥイン)の声が聞こえてくるが気にしない。

「烏!次は俺の友だちを紹介するね」
「………」

 俺がそういうと言葉を理解していない筈の烏と目が合いコクリと頷いたような気がした。

「まぁいいっか」

 俺はそのまま烏の隣を歩いた。暫くすると懐かしい、いや、それ程までに時間は空いていない筈なのにもうずっとあっていなかったような懐かしい背中を見つけ飛びついた。

「ただいま!2人とも!!」
「おかえり、あだ名」

 2人の顔を見てほっと胸を撫で下ろす。顔の筋肉がふにゃふにゃと蕩けていった。
 この後、センパイたちにお土産と称したアメリカ産ゲテモノたちを食べさせてたんこぶを作ったのは別のお話。

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