03

 それから七海はよく様子を見にやってくるようになった。名目は俺に何か困ったことがないかということだが、これは完全に母さんにほの字だ。だって母さんはこんなに優しくて、美人で、可愛いんだ。惚れない筈がない。俺を餌にするとはやるな。たがしかし、母さんの一番は俺だぞ。七海がやってくるたびに俺の気分はラスボス前にいる中ボス。俺を倒してからいけ!みたいな感じ。
 ただ、七海はちゃんと俺に呪力の使い方を教えてくれるあたり流石七海って感じ。それに俺と公園で遊んでもくれる。
 ギコギコとブランコが音を鳴らしながら、俺の背中を優しく押してくれる。ブランコ押してもらうのは母さん以外に久しぶりで毎回少しテンションが上がる。

「ねぇ、七海サンはなんで呪術師やめちゃったの?」
「…大人には色々あるんですよ」
「いろいろ?」

 色々か。俺が死んでから一体何があったんだろう。僅か六年の間に、俺の知らない大きな出来事があったんだろうか。まぁ、俺死んでるし、関係ないと言えばないけども。

「ふぅん」

 俺はブランコが前に出た時に一番高いところでひょいっと飛び降りた。後ろから慌てた様な声が聞こえるが気にしない。
 関係ないけど、なんだか疎外感。死んだ俺が悪いけど。あれはアレが最善策で、後悔はしてない。今こうして生きてるし。

「怪我は?」
「んーん、大丈夫。帰ろ、七海サン」
「どうかしましたか?」
「なんでもない。…ねぇ、七海サン。俺、呪術師になるよ、反対する?」

 初夏の風が俺の頬を撫で、髪を揺らす。髪を結っていた紐が解ける。

「…あまりお勧めはしません」
「うん、知ってる。でも、俺、母さんの事助けたいんだ。…あ、これ母さんにはナイショね。母さん、絶対反対するだもん」

 俺はそう言うと落ちた紐を拾い、髪を結び直そうとまとめた。ジャリと地面を歩く音が聞こえる。後ろを向いた俺の後ろに彼が立っている。

「貴方は、また…」
「また??」
「…いえ、なんでもありません。帰りましょう。お母さんが心配してますよ」

 七海は俺の手の中から紐をするりと抜くと手早く、慣れた手つきで結んでしまう。そして、俺の手を引き帰路についた。

「…思い出さないで貰えたら、嬉しいですけどね」

 彼のそんな呟きは風の音ともに消え、俺の耳には入ってこなかった。



 それから幾ばくか過ぎた時、母さんはまた倒れた。以前倒れた時には既に病に犯されていることがわかっていたという。白い部屋で白いベッドに横たわる母さんの姿。病院の先生曰く、今まで生きていたのがすごいという。
 母さんの死期を感じた呪霊達が集まってくるが、片っ端から祓っていく。

「まだ、母さんを連れて行かないで」

 ぎゅっと母さんの手を握りしめる。まだ、呪霊に殺されたなら諦めがつくのに、病って。俺が居たからなのかな。俺がいなければ母さんだって、病に倒れることも、入院する事だってできた筈なのに。
 母さんに産んでもらって、幸福を与えられたことは感謝してる。俺は母さんのこと幸せにできただろうか。

 悶々と考えているとふわりと優しく頭を撫でられた。そちらを見ると母さんの目があった。

「かあさん…」
「ごめんね、名前。ママもう行かなくちゃ、行けないの。ママね、名前と一緒に入れて、とても、」
「母さん、行かないで、…俺のこと一人にしないで」

 風が木を大きく揺らす。風に靡き、葉が落ちていく。ひらりと舞うそれは遠くへと飛んでいく。それと同時に優しく撫でていた母さんの手も動きが遅くなり俺の頬を撫でる様に触れるとそのままぱたりと自身の腹へ落ちた。

「幸せだった」
「があ"ざん…!!」

 甲高い音が部屋中に響き渡る。握りしめた手は段々と温度をなくし、俺の温度を分けようと握るも冷たくなっていく。ほろりほろりと涙が溢れ止まらない。

「やだ、やだ…」

 鳴り響く音、走り部屋の中へ入ってくる音。全てが遠くに聞こえる。誰かが優しく俺の肩を抱いてくれるも、どこか現実味がない。

 まだ六歳の未熟な俺は何も出来なかった。

 誰かが俺のことを抱き上げ、その温もりを感じる。生きてる人間の温もり。俺の涙腺をさらに緩めた。

「おやすみなさい、あだ名」

 暖かい誰かに身を預け、段々と瞼が閉ざされ、闇の世界へと誘われた。

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