魔王。本家に行く。

 ある日、五条宅にて魔王は大暴れをしていた。別に突然癇癪を起こすほどの子どもではないが、五条本家に行くというので服を着させられるまではよかった。その服が魔王には着なれない着物なのも別にこの世界の正装なのだろうくらいでよかった。しかし、帯がダメだった。腹をきつく締めるベルトのようなものが苦しくて、魔王は逃げ出した。
 魔王なので服だけを脱いで瞬間移動くらいできる。だって魔王だから。魔王はふわふわと天井付近まで浮き上がり、警戒していた。

「よは!それはいやだ!!」
「ワガママいわない!これ着ていかないと後々、僕が面倒なの!」
「いやだ!!よのいうことがきけんのか!!」
「無理!!」

 これが初めての親子限界である。それはもう壮絶なもので、五条が術式まで使って捕まえようとするもそれを何度も何度も繰り返した。
 部屋を壊さないものの、部屋のあちこちを飛んだり跳ねたりするもので、物が少ない部屋でもめちゃくちゃになった。

「よは、こるせっとのようなものは、まきとおうない!」
「コルセットじゃ無いってば…!」
「それはくるしいからいやだ!もっとゆるいものにせい」
「無理なの!」
「いやだ!!」

 部屋が大変なことになるも、先に折れたのは魔王だった。肉体の年齢に体力や精神がだいぶ引っ張られているのか、「よはいやだ」と弱々しく言いながら寝落ちしたのである。急に空中から落ちるので、五条は慌てて捕まえた。

「うそでしょ?今落ちる??」

 その後は眠る魔王に手早く着物を着せ、帯を巻き車まで連れ込んだ。運転席の伊知地が不安そうにちらちらと五条を見やっていた。そもそも伊知地に今日の仕事はなかった。だが、五条からちょっと僕の家まで送ってとタクシー代わりにされたのである。
 五条の体力はすで瀕死の状態で、なんで引き取ったのだろうと後悔していた。


 本家まであと少しというところで、魔王は目を覚ました。その事実にまた暴れるのではと五条は身構えるが、猫のように伸びをして欠伸をする。

「そろそろか?」
「うん」
「あんしんせい。よだって、あばれていいばしょとときをかんがえるわ。TPOはわきまえてるからな!」

 どやぁと効果音がつきそうなように言い放つ魔王を見て、自宅は暴れていい対象に入るの?と五条は思ったが、本家で暴れられても面倒なので我慢した。
 五条は魔王に本家でいくつか約束をした。暴れない。顔見せの時の挨拶だけはちゃんとする。暴れない。である。
 魔王は別に暴れたくて暴れているわけではない。嫌なことは嫌だと素直に口にしているだけである。

「それくらい、よでもできるわ」
「本当?ちゃんと、五条名前って名乗るんだよ?」
「…ぜんしょする」
「どこで覚えたのそんな言葉」

 魔王のふにふにとした頬を揉みながらそう答えた。五条本家につく頃には、魔王は五条の顔に顔面を押し付け、触られるのが嫌な猫のようになっていた。


 五条本家は立派な日本家屋で、魔王にとってはテレビでしかみたことのない存在だった。魔王は煉瓦造りの家しか見たことがない。自身の城もそうであったから余計である。物珍しそうにきょろきょろと何処かへ行きそうになるのを抱き上げて、静止させる。
 もうすぐ大広間というところで、魔王は腕の中から飛び降りた。

「あるく」
「はいはい」

 魔王は幼い姿であっても魔王である。もしかしたら自身の家臣になるかもしれない者たちへ舐められては困ると思ったのだ。

 五条が襖を開けると、そこには幾人の人間。その全てが五条悟の息子を値踏みしている。本家の術式は受け継いでいないと、しかし呪力は多く既に術式を使用できるらしいとか、ひそひそと話している。その様子に上司が来たのに私語とは何事だと魔王は眉を顰めた。
 魔王は五条の後についていき、その隣に同じように座った。初めての和室で正座。足をムズムズとさせ動かした。

 此奴ら全員不敬罪で首を刎ねてやろうかと魔王が画策している時、ツンツンと五条に突かれ、挨拶とだけ口パクで言われた。

「おはつにおめにかかります。わたくしはごじょうまおともうします。じゃくはいものですが、ごしどうごべんたつのほどよろしくおねがいいたします」

 魔王はきちんと座り直し、頭を下げながら自身を値踏みし汚らわしい目を向けるものたちを見据えた。子どもらしかぬ口調ではあるが、仕込みかと思うのがここの大人たちであった。
 余に手でも出してみろ一族もろとも皆殺しよと魔王はほくそ笑んだ。


 暫くして話は終わり、魔王は五条が大人の話があるからと外に放り出された。早く帰りたいし、この服を脱ぎたいが、この場所がどこなのかわからないので瞬間移動も使えなかった。
 仕方がなく、屋敷を探索していると大きな池をみつける。そこには大きな魚が悠々自適に泳いでいる。その様子をじっとみつめていた。

ーーなぜ、わざわざ池をもしてるのだろうか。人間は不思議だ。

 池の前にしゃがみ込みじっと、泳ぐ魚を見ていた時。後ろから殺気を感じ魔王は振り返った。魔王の後ろにいたのは、先程の顔合わせにいた魔王の見た目よりも20個ほど年上の女の人。

「あなた、本当にあの悟様の息子?」
「さよう」
「随分似ていないわね。どうせ、呪力があるから養子にでもしてもらえたんじゃないの?あの五条悟も見る目はないわね。あなたみたいなぽっと出を息子として認めるなんて」
「なにがいいたい?」

 女は和装には合わない真っ赤な唇を歪める。

「ごめんなさい、幼いあなたにいってもわからないわよね?…どこかへいってくれない?」

 歪んだ口元には笑みを浮かべ、手を鳴らすと数人の男たちが現れた。
 どうやらこの女は五条の嫁にもらわれ、子どもをこさえ、自身の地位を向上させたいのだと魔王は推測する。つまらん権力争いなどあくびがでそうなのをなんとか堪えた。
 魔王の周りには殺気だった女と男たち。魔王は先程、暴れてはいけないという約束を思い出し、どうしたものかと考える。
 その時、ふと目に池の中で泳いでいる魚に目をやり、にんまりと子どもらしかぬ笑みを浮かべた。

「なぁ、にんげん。なぜ、きさまらはさかなをちいさいいけでおよがすのだ?」
「え?」
「こたえられぬか。まぁ、よい。であれば、おぬしらがさかなになり、よにおしえておくれ」

 魔王はにんまりと笑うとぱちんと指を鳴らした。すると、男の一人の足元に魔法陣が展開され、みるみるうちに鯉へと姿を変貌せる。着物だけが残りぴちぴちとなにかが跳ねてい様だけが見えた。その様子に、周りのものたちは後ずさった。

「どうした?べつにとってくおうというわけではないだろう?よは、ただ、おしえてくれといっとるだけだ。…だが、ひとからさかなにかえたももののにくはどんなあじがするのか、たのしみではあるな」
「ひっ…、や、やめて…!」
「べつになにもしとらんだろう。よはかんだいなんだ」

 魔王を囲っていたものたちは顔を真っ青にし、その場から逃げるように去っていく、残った女は、腰が抜けその場から動けずにいた。
 魔王は楽しそうにけらけらと笑う。

「ふはははっ、よいよいぞ!きさまはゆっくりとへんぼうさせてやろう。よにはむかったばつよ」

 そして、指を鳴らそうとした時、魔王の頭に拳骨が落ちた。

「なにしてんの!?」
「…ふけいざい」
「名前」

 現れた五条に頭を押さえた。魔王はむすりと頬を膨らませながらぱちんと指を鳴らす。すると先程、鯉に姿を変えたものがみるみるうちに元に戻ってくる。

「名前、人間を別のものにかえっちゃいけないの、わかる?」
「よにはむかうからわるいのだ」
「なんとなく、想像はつくけどさぁ。遊びでもダメなものはダメ」

 五条は魔王に目線を合わせるようにしゃがむと、膨れている頬を両手で挟むようにして潰した。魔王は悪びる様子もなくむすっと顔を逸らした。

「名前?」
「よ、わるくないもん。あばれるなってやくそくまもっただけだ」
「それはえらいけど。それとこれとは別。これから、人は他のものに変えちゃいけない、約束できる?」

 つんっと顔を逸らすも、すぐさま前に向かせるように戻される。五条は真っ直ぐ名前の目を見つめた。

「…わかった、ぜんしょする」
「ならよし!さっさとこんなとこ帰ろう」

 五条はそのまま、魔王を抱き上げると外にまたしてある車の方へと歩いて行った。

「よ、デラックスパフェをしょもうする!」
「いいよ、どうせ一口で飽きちゃうもんね」
「あきんわ!!」

 鯉に姿を変えられそうになっていた女は何処かへ消えていた。

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