魔王。息子になる。

 孤児院に入った魔王は、少し変わった少年として扱われた。他の子どもよりも幾分か大人びてはいるが、大人の真似をしたい子どもとして。

「だから、よは、まおうなのだ」
「違うよ!今は赤ちゃん!!」

 そして、魔王は自身の見た目年齢より少し上の女の子たちにおままごとに付き合わされていた。小さいからと赤ん坊の役を与えられて。
 魔王は人間の遊びを理解していなかった。赤ん坊の役と言われてもよくわからない。なぜ、魔族の余が人間の真似事を?と初めのうちは思っていた。

 それでも付き合わされたのは一重に魔王の見た目が女の子好みの見た目だったからだろう。
 さらさらの黒い髪に鮮血を混ぜたような真っ赤で大きく丸い瞳。そして、雪のように白い肌。10人がいたら10人振り返るほどの美少年。女の子たちからは可愛い弟ができたととても気に入られているのである。

 それを気に入らないのは男の子たちである。新しく入ったばかりの魔王が女の子たちに可愛がられているのは気に入らなかった子どものいじめとは意外と容赦がない。4歳の子ども相手にでも、殴りかかった。
 魔王はその事実に驚いた。
「(まさか、この余に歯向かってくるのか?人の子が??)」
と寧ろ面白くなっていた。しかし、魔王は魔王。やられたからには、何倍にもしてやり返す。それが人の子相手だからと手加減をしても。
 いじめようとしていた子たちが叛逆されたと、その事実により男の子たちは魔王を襲うことはなくなった。

 魔王はこの施設の中で着実に地位を向上させていった。自身の見た目が優位に働くことも理解している。そして、何かあったら守ってやってもいいなくらいには、気に入っていたのである。


 魔王が施設に入り数ヶ月が経った頃、施設の年長組と魔王と数人の子どもたちが公園に遊びに行っていた。その日は楽しく、魔王も泥まみれになってはしゃいだ。
 魔王はジュースの飲み過ぎで尿意が我慢できずに先に帰ってもらい、後から一人で帰ってきた時。
 その事件は起こった。

 空はどんよりと曇り、中からは少女たちの悲鳴が聞こえる。魔王の鼻には嗅ぎなれた臭いを掠める。施設の中を見やると見たこともない化け物が幼児たちを喰らっている。

「きさま、そこでなにをしている?」

 背後に落雷が落ちた。
 魔王の方に振り返る化け物は、振り返るも言語を介さない。

「このせかいのまものは、げんごをかいさないのか?」

 魔王の問いかけにも何も答えず、手当たり次第施設のものを手に掛けようとしている。魔王は目を細め、浮き上がった。黒く丸い頭には片方が欠けた角が姿を現す。

「よい。きさまはここできえてもらう。よ、じきじきに、てをくだすこと、こうえいにおもうがいい」

 魔王は腕を天に向かいあげた。幾重にも魔法陣が展開される。ばちばちと電撃が走る。

「うせよ」

 魔王が腕を下ろすと、雷が矢のように形を変えて化け物に降り注ぐ。何本の矢が刺さり、化け物は汚い声を上げる。魔王はその声を聞き顔を歪める。特段に大きい矢を生み出すと真っ直ぐと化け物に突き刺した。刺さると同時に化け物は砂のように消えていく。

 ごろごろと魔王の心情を表すように雷が鳴る。
 魔王は地に足を下ろし、辺りを見渡す。当たりは血溜まりで、息をているのは一人もいない。下半身が欠損した大人や子どもの腕や足など死屍累々。
 魔王はその光景をただ見据えるだけ。

「ひとのこはやはりもろいものよな」

 誰にも拾われないほど小さな呟きは雷の音にかき消された。生えていた角も消え、普通の少年になる。


 この場に立ち尽くしどれほどの時間が経過したのか、魔王にもわからなかったが、来訪者の気配を感じた。
 その場にいたのは、真っ白い髪をした全身黒い服を着て、同じ色の目隠しをした長身の男であった。

「これは、君がやったのかな?」
「とくうせよ。よはいまきげんがわるい」

 魔王はちらりと少しそちらを見るも、すぐに振り返らず告げた。
 長身の男は魔王の隣までやってきて、その光景をみた。男の目から見ても酷い有様で、この少年一人でできるようなものではないと判断できる。少年の前には焼き焦げたような跡と、呪霊の残滓があった。
 男は少年の前にしゃがみ込むように座った。

「ここにナニカいたでしょ?それは君が倒したの?」

 魔王は返さない。

「ねぇ?君でしょ?君がやったんだよね?」

 魔王は何も返さない。

「ねぇねぇねぇ、ねぇってば」

 魔王はあまりの鬱陶しさに睨みつけ、魔法陣を展開する。

「うせよ」

 雷がちょうど男の真上に落下した。目を開けられないほどの光と衝撃。魔王と男がいたところには真っ黒に焦げている。
 魔王は鬱陶しい男は消え去ったと思っていた。しかし、その男は無傷で先ほどと同じように口元に笑みを浮かべている。

「やっぱり、君だったんだね」
「きさま、なぜうせぬ?」
「秘密」

 男はハートマークでもつく程に明るく言い放った。その様に魔王は施設の子たちを殺され、機嫌が悪かったのがさらに悪くなるのが目に見えてわかる。魔王はふわりと浮かびあがるとその場の空気が重く感じる。頭からは再び角が姿を現す。

「よのきげんがわるいといっておるだろう。ひとのこよ」

 バチバチと雷が音を鳴らす。幾重にも魔法陣を展開させ、再び数え切れないほど雷の矢を現した。それを振り落とす直前。男はその腕を掴み取り、つんとおでこををついた。その瞬間、魔王は意識を失い、魔法陣も角も姿を消す。
 男は魔王を抱き抱え、少し頬をかいた。

「厄介な拾い物しちゃったなぁ」

 そういう声は心底楽しそうだった。



 魔王が次に目を覚めると、見知らぬ天井だった。この程度で慌てるような魔王ではないが、自身が気絶させられたことに驚いていた。

「やぁ、起きた?」

 目隠しの男は目を覚ました魔王の顔を覗き込むと、にんまりとチシャ猫のように笑う。

「全く、僕を殺そうとするなんてびっくりだよね。本当に4歳児?名前くん」
「…よはまおうぞ。きさまよりなんびゃくもとしうえよ」
「うん?あー、そういう設定ね」
「せっていではない!よは、まおうだ!!」

 魔王は上半身だけ起き上がり反論した。魔王という設定で生きているのだと思われて少し怒ったたふりをする。別に本気で怒っているわけではない。そういう設定で生きていると揶揄されるのは、この数ヶ月で慣れてしまった。
 男もそれを理解しているのか、それともただ弄りたいだけなのかよく分からないが、ツンツンと魔王の頬を突きまくる。魔王が嫌そうに顔を歪めるも気にしてなかった。

「で、落ち着いた?」
「…うむ、かんしゃする」

 魔王は手を払い除けそう言い視線を逸らした。魔王自身も機嫌が悪かったというのもあったが、何もしていない人の子に本気で攻撃するなどと大人気なかったと少し反省している。

「どういたしまして。…それでこれからのことなんだけど、君の力が他のクソジジイ共に取られるのは癪だから、これから僕の息子ね」
「うむ?」

 魔王は久々に頭を傾げた。最近頭を傾げたのは子どもたちのままごとくらいである。魔王が人間の赤子の役をするのがいまいちよくわからなかったし、もっとよくわからなかったのが、人間が犬の役をするのが謎だった。

「はい!決まりね!名前は今日から五条名前ね」
「うむ???」

 勝手に話が進んでいき、施設に入れられた時よりも説明がされていなかった。施設に入る時は警官が懇切丁寧に、幼い子でも分かりやすいように伝えてくれたが、この男は、ゴーイングマイウェイ。自分の道を進んでいた。魔王が魔族にもこんな話の通じん男はおらんぞと疑問に思うほど。

「まて、ひとのこよ。よがつよいのは、りかいしているぞ。それが、なぜ、きさまのむすこになる??」
「え、僕が最強だからに決まってんじゃん。やだなーもぉ」
「それはりゆうになるのか?」
「なるなる。ま、僕の息子ってことで大変だと思うけど、頑張ってね」
「うむ??」

 最強が理由になることにさらに首を傾げている。男はあ、これは分かってないなと思うも面白いからいいやと放置した。魔王は魔王でさいきょうとはで脳内検索をかけていた。

 その後、男に連れられて、強面の盗賊の頭のような男の前に「これ僕の息子」とだね紹介され、頭打ったのかと本気で心配されていたのは面白かったと魔王はその後語った。


 魔王の設定、というよりも五条名前の設定はこうだ。男が20歳の頃に遊んだ女と出来た子どもで今まで知らなかった。偶々、任務で訪れた施設にいて僕の息子だと思い、念の為DNA検査をしたら一致した血の繋がった息子だったので引き取ったというもの。飛んだクソやろうだと罵詈雑言の嵐だった。
 それでも他の大人たちが認めたのは、本当にありそうだからに8割と、息子と言われればなんとなく似てるとのが2割である。

「おまえ、きらわれているのか?」
「そうなんだよ、名前だけは僕の味方だよね」
「うっとおしい」

 魔王は頬を擦り寄せてくる男こと五条悟を構われるのが嫌な猫の如く両手で顔を遠ざけた。微笑ましいのか、それとも、子供が可哀想なのか周りの人間の心理はわからなかった。

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